第27話

 ユージはミオと並んで、にぎやかなグロウバレーの中央通りを歩いていた。ユキナは、横道に入ったところにある別の店に寄り道をしていた。

 そのとき、立ち並ぶ露店の中でアイスクリーム屋が見えた。ユージはふと思いついて、その店を指さした。

「なあ、ミオ。よかったら――――」



 ミオはチョコミント味のアイスクリームを右手に持ち、それをしばらく不思議そうに眺めてから、口に運んだ。

 ユージはそれを、子猫に餌付けをする心地で見届けてから、自分のアイスクリームをかじった。オレンジシャーベットだった。

 ミオが振り返り、笑いかけてきた。口元にチョコミントをつけたままで、

「おいしいね」

「ああ」

「ヘヴン・クラウドに、味覚があってよかったね」

「まあな」

「きっと、ないときより、十倍はいいよ」

「そうだな。まあ味覚はだいぶ、初期のころに実装されたみたいだけど」

「よかった……!」



 そう言ってミオはまた前を向いて、歩きだした。

 そのときユージは、道の脇のステージを囲む、妙な集団がいるのに気づいた。

 小さなステージの上には、ひとりの中年男性が声を張り上げていた。彼は黒いスーツを着ており、鼻が大きい印象があった。

「このヘヴン・クラウドには、人間のふりをした、悪魔がおります! いいですか、みなさん! それは、ゴーストという存在です。ゴーストは一見、人間のアバターを再現したものとして、あつかわれておりますが。――そうではありません。しょせん、中身はAIなのです。だからこそ、AIと同じく、人間のアバターとは別の規則によって管理されているのです。あの、エンジェルたちによって! それは、恐るべき危険を、内在させているからです!」

 集まった人々は拍手をしたり、歓声を上げたりしていた。その男は演説を続ける。

「だからこそ、署名を集め、ヘヴン・クラウド管理局や、各国の政府に働きかけて、ゴーストの追放を実現しましょう! あんなものは、人間ではありません。いつか、人間は足元をすくわれるでしょう!」

 ユージが周囲を見ると、通りをゆくゴーストたちは、その集団から距離をとって、おびえるように歩いていた。

 次にユージはミオを見た。そのとき、ミオの手からアイスクリームが落ちていった。チョコミントのかたまりが地面に落ち、緑色のふやけた内臓のように散らばった。ミオはうつむいて、自分の胸に右手をあてていた。ユージは言った。

「あっちへいこう。ミオ――」



 しばらく進み、人気ひとけの少ない道に入ると、ユージはあらためて言った。

「気にしなくていい」

「お兄ちゃん……」

「ミオは、ミオだ。間違いなく」

「そうかな」

「ああ。もちろんだよ」

「わたしは、ミオの、コピーなのかな」

「そんなことは、ない」

「そう? ときどき、思うの。――ほんとうの、亡くなってしまったミオは、天国へいってしまって。その記憶や人格を再現したゴーストを、憐れんで見ている、って」

「天国?」

「うん。ヘヴン・クラウドなんかじゃなくて。ほんとうの、天国……。それとも、ゴーストが、天国を信じているって、おかしい?」

「いや、そんなことはないよ。それより、そんなふうに思わない方がいいよ」

「どうして?」

「ミオは、おまえだよ」

「ほんとうに?」

「ああ。そのとおりだよ」

 すると、ミオは目を合わさず、さみしそうに、「ありがと」と言った。

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