第25話
「よっしゃー!」
とユキナは飛び上がって歓声を上げた。
部屋の壁のディスプレイには、レイカのオートカメラの映像が流れていた。おりしも、ユージがエンジェルを討ち倒した瞬間のことだった。
「やったで!」
ユキナは小躍りしながら、黒い家事用ロボット――サスケの頭をゆすった。
「あの、やめていただけませんか? 回路の損傷につながりますので」
「やっぱり、やる思うた! ユージなら! あー、でもくやしい……。あたしには得点なしや! それでいて、あの、レイカにはごっつ入るんやろ。世の中不公平やな、ほんま」
「くやしいですか?」
「そらアホほどくやしいわ!」
「そのわりに……」
「なんや」
「うれしそうですね」
「そらうれしいわ!」
* *
ユージはミオの姿を見下ろしていた。ミオはエンジェルの残骸に向かってひざまずき、目を閉じている。もうどれくらいそうしているだろうか。
――ユージはやがてミオの肩に手をかけて、
「もう、いいか? ここを、離れよう」
するとミオは顔を上げ、ゆっくりと立ち上がった。
レイカは右腕の付け根をおさえ、木に寄りかかっていた。斬り落とされた右腕は足元に落ちていた。そのときレイカは言った。
「すまないけれど、その指輪を返してくれない?」
ユージはうなずくと、
「ああ。そうだった。ありがとう。さっきは助かったよ」
そう言って右手の小指の指輪をはずし、レイカへと歩み寄った。それからレイカの左手にはめるのを手伝った。
「さて、おれたちは、ここを離れるべきだと思う。――また、エンジェルがくるかもしれない。それにどうせなら、エントリーゾーンまで行って、別のヘヴンへ移動したい」
「わかった。移動しよう」
とレイカは森の先を見た。
「レイカ……」
「なに?」
「その腕、大丈夫か?」
「ああ、問題ない。念のため、もう少し付き合おう。右腕はそのうち修復する。それに、ダメージに釣り合う利益もあった。――さっきの戦いで、ルクスもそこそこ手に入ったから」
レイカは左手を空中に伸ばした。そこにちょうど、小さな銀色の球体が飛んできていた。――オートカメラだ。レイカは戻ってきたオートカメラを掴んで、ポーチにしまった。
そのうち、ついに電磁ナイフのマナ残量がなくなり、暗闇がおとずれた。
「切れたね。とうとう」
と言うミオに対してユージは、
「ああ。これでも、よくもってくれた」
「うん」
「転ばないように、気をつけるんだ」
「うん」
「しばらくすれば、多少は目が慣れてくるよ。それでも、とにかく進まないと……」
「うん、わかってる」
「行きたいところはあるか?」
「え?」
「ヘヴンを移動するんだ。どこがいい? おれとしては、ミオを守りやすいところが、いいと思うけど」
「守りやすいところ? どんなところかな……」
「広いところか。それか、エンジェルどもの目をあざむきやすい……。たとえば、ごみごみとしている方が、隠れやすいかもな」
「そうね。それなら、人の数が多いところのほうが、いいかな……」
「わかった。そうしてみよう」
ユージたちは白暁の森を進み、やがて森のはずれのエントリーゾーンまでやってきた。
* *
ユージは一足先に転移先のヘヴンにやってきた。
あたりは夜の繁華街の裏通りといった様子で、安っぽいネオンサインや、建ち並ぶ酒場が見えた。――そこは、『グロウバレー』という、夜の街をモチーフにしたヘヴンだ。
ユージに続いてミオとレイカも転移してきた。
レイカの右腕の肘から下はいまだに欠けていた。エンジェルに斬られ、それっきり修復できていない。
そのときひとりの、ガラの悪そうな男が通りがかり、レイカをじろじろと見はじめた。
「なにか、珍しいものでもあるの?」
とレイカが苛立たしい声を出すと、男は逃げるように去っていった。それからレイカはユージを見て、
「さて、少し、休んでいい? さすがにいちど、
「ああ。大丈夫だ」
「そうか。それじゃ、なにかあれば、メッセージを送ってほしい。リアルでも、見てるから。……それじゃ」
「今回は――」
「なに?」
レイカはいまにも
「ありがとう、レイカ」
「……ああ」
「はじめて出会ったときは、正直、少しやっかいなやつかと思ったけれど」
「それくらいじゃないと、ルクスハンターの世界じゃ、やっていけない」
「でも、レイカ。――あんたは、やさしい人だよ」
「くだらない。やさしさなんて、そんなもの、ヘヴン・クラウドじゃ役に立たない。――さあ、それじゃ、もう行くから」
そのとき、こんどはミオが言った。
「レイカさん。……あの。ほんとうに、ありがとうございました。わたしみたいな、ゴーストのために――」
すると、レイカはミオの頭にふわりと手を載せた。そしてやや腰を落として言った。
「あらがいなさい。ゴーストだからって、運命や、不条理に対して、恭順しなくたっていい。……きみは、このヘヴン・クラウドで生きていかなければならないのだから。そうでしょ?」
そこでミオはなにかを言いかけたが、レイカは、もう話は終わったとばかりに背を向け、
ユージはミオを連れてエントリーゾーンからしばらく進み、簡素なホテルに入った。
ミオはすぐにベッドへ横になった。少し話をしたのだが、気がつくとミオは寝息を立てはじめた。
――ゴーストも睡眠を必要としていた。体を休め、記憶の整理を行い、損耗を回復するために。
ユージは部屋のソファに座りながら、電磁ナイフのマナ残量が回復するのを待ちつつ、ミオの寝顔を見ていた。やがてユージもソファで眠りに落ちた。
およそ九時間後にユージは目覚めた。さまざまな夢を見た気がするが、憶えてはいなかった。
ミオはすでに目覚め、ベッドの上で体をほぐしたり、のびをしたりしていた。そこにユージは声をかけた。
「少し、外に出てみるか」
「うん」
そのとき、ユージの視界に新着メッセージが通知された。ユキナからだった。
『ペナルティ、やっと終わって、ダイブできるようなったけど。どこにおるん?』
――エンジェルにやられて強制離脱となったユキナは、ペナルティにより二十四時間、ヘヴン・クラウドにダイブできなくなっていたのだ。その制限時間が終わったため、合流したいということだった。
* *
ユージがホテルを出るとユキナが立っていた。ユキナは明るい表情で話しかけてきた。
「映像で観とったよ! あのエンジェルに勝てて、ほんまよかったなァ!」
「ああ。大変な戦いだったよ」
「そうやろ! あのレイカも、必死やったし」
「ああ。そのとおりだ」
「ところで、この先、どうするつもりや」
「……どうする、って?」
「あんなん続けて、ミオを守りきれるて思っとるん?」
「ああ。……簡単ではないと思うけど」
「あのなァ、ユージ。まえにも言うたけど。あんなこと繰り返しとっても、もたへんよ。わかっとるやろ? 本気で考えたらどうや?」
「本気で?」
「せや。つまり、本気で守りたいんやったら、エンジェルたちが入ってこれへん、四大都市に逃げこむんや。エデンでもメアでもどれでもええ。いわゆる上級市民――
「しかし、そのためには、五十万ルクスが必要なはずだ。いつまでかかるかわからない。そんな方法が……」
「あるやろ! エンジェルを狩るんや! ルクスハンターとして! エンジェルどもをなんぼいわしても、映像配信せな稼ぎにならんで! レイカが今回なんぼ稼いだかしっとるん? 十万ルクスは増えとるで!」
そう言ってユキナはポーチから、オートカメラを取り出すと、差し出してきた。
「さァ、これ、使うてええから。――かくいうあたしも、一応、上級市民を狙うとる。やるなら、一緒や」
ユージはユキナの眼を見た。大きな瞳が見開かれ、街灯をきらきらと反射させていた。その光の中になにかしらの未来が見えた気がした。
ユージは右手を伸ばし、そのオートカメラを手にとった。
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