第24話

 レイカは森の中で、ユージとミオの姿を見ていた。ユージの手にある電磁ナイフの光は、風の気まぐれかなにかで、一瞬で吹き消されてしまいそうだった。

 そうなってしまったら。――ただでさえこんな不気味な森の中で、真っ暗闇に包まれ、神出鬼没のエンジェルになぶり殺しにされるのだとしたら。そんなことを想像し、レイカは怖気に襲われた。


 レイカはユージに歩み寄ってうったえた。

「もういちど、テントに戻って、使えるランタンとかを探さない? それか、近くに、だれか、助けてもらえる人がいないか、探してみては……」

「ダメだ。間に合わない」

「そんな……」

「レイカやユキナが教えてくれた」

「え? なにが?」

「目付け。敵を見さだめるということ」

「なにを言っているの? 気でも違ってしまったの?」

「ちがう。あの塗料――シンヤが、エンジェルにぶちまけた、あの塗料が見えた」

「え? それは、姿が現れたときには、いくらか薄まってはいたけれど、エンジェルの体に……」

 すると、ユージは突如、電磁ナイフを低い位置にかざして、やや離れた場所を目で追った。レイカは不気味になって声をかけた。

「いったい、きみは、なにを視ているの?」

 しかしユージは真剣な様子で、しばらく先を見つめて、

「レイカ、あれを見るんだ……」

 小声でそう言って、地面のある地点を指した。

「え、なに……?」

 レイカがそこを見ると、地面の上を滑るように、赤味をおびた、砂の塊のようなものが動いていた。まるで砂たちが意思を持って這いずりまわっているかのようだ。

「あれは……。まさか……!」

「そう。でも、こちらが、気づいたと思われてはいけない」

「ええ……」

「恐れる様子で、エンジェルを探すように、周りを見渡すんだ。――でも、あの赤い砂の位置を、把握しなければ。あの砂が、瞬時に集まってエンジェルになる」

 レイカはうなずいて、刀を握ると、ユージが言ったように砂の塊から顔をそむけた。



   *   *



 ユージはいまにも消えそうな電磁ナイフを右手に掲げ、砂の動きを視界の端で追った。砂はユージたちの死角を探るように、距離をとって動き回っていた。その様子は、夜行性の獣が弱った獲物を狙っているようでもあった。

 やがて、砂の塊はユージの右後方で動きをゆるめた。

 そのとき奇妙な音がした。砂が擦れ、同時にコツコツと小石が積み上がっていくような小さな音が。――ユージはそちらへ飛びかかりながら、声を上げた。

「いまだッ!」

 ユージが振り返ると、エンジェルの体が、下半身を中心に半分ほど形づくられているのが見えた。

 エンジェルはユージの強襲に対して、慌てるように腕を突き出した。――造りかけのその腕からは、砂がこぼれるように落ちていった。


 そこでユージはエンジェルの未完成の体の中央に、野球ボールほどの大きさの、白い球体を見つけた。その球体はほのかに光り、さながらエンジェルの心臓部か、核のように思われた。


 すかさずユージはその核に電磁ナイフを突き出した。――しかし、出力がたりないのか、電磁ナイフは弾かれてしまい、核に糸筋ほどの傷をつけたのみだった。

「わたしがやる!」

 そう言ってレイカが駆け寄ってきた。ユージは言った。

「気をつけろ」

 そこでエンジェルは、追い詰められた獣が牙をむくように、崩れかけた腕を振った。できそこないの腕に見えたが、腕と同化した鎌の切れ味は十分だった。

 レイカの右腕が、握られた刀とともに宙に舞った。右腕が肘の部分から切断されたのだ。――右手の中の刀は蒸発するように消えてしまった。

 するとレイカはうめき声を上げ、残された左手で右腕をおさえ、うずくまった。

 エンジェルは後退して、再び消えてゆこうとする気配を見せた。

 ユージにはもう、勝ち筋が見えなかった。レイカも戦闘不能であり、電磁ナイフのマナ残量もすぐに尽きそうだ。


 ユージは、暗闇の中でミオが斬り刻まれていく様子を想像した。真っ暗な森の中で、エンジェルは自在に現れて、ミオを攻撃するだろう。そして二度とミオとは逢えない。ミオは泣き叫び、消滅していく。


 ――いやだ。そんなことは耐えられない。しかし、どうすればいいのだろう。



 そのときレイカは体を屈め、左腕をのばし、地面に落ちていた自身の右腕に飛びついた。

「これを使って!」

 レイカは左手を振り上げ、なにかを宙にはなった。それはレイカがいつも右手にはめていた、青い指輪だった。指輪は夜の森の中を、電磁ナイフの光を反射しながら飛んできた。

 ユージは左手をのばしてそれを掴むと、右手の小指にはめた。視界の端にメッセージが表示された。

 『装備品の所有権を取得しました』

 それから電磁ナイフを左手に持ち替え、右手の指輪に意識を向けた。――すると、右手の中に黒い刀の柄と、青い刃が生まれた。ずしりとした重量も。それは、レイカの魂でもあるに違いなかった。



 後ろに退がったエンジェルは、焦ったように核を腕で覆う。その体は崩れ、変化しはじめていた。――砂となって逃げ出そうとしているようだった。

 ユージは左手の電磁ナイフをかざし、青い光でエンジェルを照らす。エンジェルはその光をきらい、機械的なうめき声を上げる。

 ユージは右手の青い刃を振り上げた。その眼はエンジェルの心臓部とおぼしき、白い核をしかととらえている。いつしかユージの口から雄叫びが漏れていた。


「ウオオオォー!!」


 ユージが手にする刀は、須臾しゅゆの迷いもなくエンジェルに振り下ろされた。

 エンジェルの白い頭を割り、さえぎる腕を断ち、核を両断した。

 核は左右に割られ、赤い稲妻をはなちながら地面に落ち、煙を上げた。

 砂になりつつあったエンジェルの全身は黒くしぼんでいき、タールのような粘質な液体となり、地面に広がっていった。

「やった……!」

 レイカは左手で右肩をおさえ、うずくまりながらそう言った。

 すると、ミオが脇から近づいてきて、エンジェルの割られた核に向かってひざまずいた。タールのような液体を気にもとめず、そこに足を浸し、両手で割れた二つの核をすくい上げ、目を閉じた。

 ――祈ればいい、とユージは思った。だれでも、祈る権利くらいはある。

 その祈りに、どんな意味があるのか、他者には理解しえないのだとしても。

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