第22話

 ユージはミオの手をいてバリケードの脇を抜け、森へと足を踏み入れた。夜の森を覆う湿った空気は層をなして体に絡みついてきた。

 レイカも横に追いついてきた。

 よるべとすべき灯りは、電磁ナイフの青い光のみだった。それ以外に光源となるものはない。ユージは電磁ナイフをかざして森を照らす。


 ミオを見ると、小さな唇を引き締め、森の中を見回している。心もとない青い光に映し出される夜の森。――ごつごつとした木の幹、老人の指のような枝々、その先の暗闇、獣の光る眼。森に少し入っただけで、異界とも言うべき様相を呈していた。


「こんなとこで、おまえを死なせはしない」

 とユージはミオの青ざめた横顔に言うが、なんら説得力がなかった。

 突如、背後の枝がきしんで揺れた。ミオは小さな悲鳴を上げて肩を震わせた。ユージが振り返ると、それは飛び立った梟だった。



 ユージは森の中を進んでいった。そこで大木の横を通りすぎるとき、その陰から白い刃が飛び出してきた。

 それは、先回りしていたエンジェルの腕だった。ユージはミオをかばって右肩に攻撃を浴びた。ユージはうめき声を上げながら、ミオをかばうように後退した。



 それを補うようにレイナが前に出てきて、「大丈夫か?」

 そう口走り、エンジェルに向かっていった。

 レイカはユージの目の前で、苛烈なエンジェルの連撃を刀ではじいていった。やがて、ぎいん、という鈍い音とともにレイカの刀が砕けるのが見えた。刃は氷の破片のように散らばるとともに虚空に消えた。レイカは体勢を崩しながらエンジェルから距離をとった。


 エンジェルがとどめを刺さんとレイカに迫るのだが、そこにユージは割り込んだ。

 とたんに鎌が左右から振られてくるが、その攻撃を受け流していく。電磁ナイフは鎌をはじくたびに青い光をはなった。攻撃があまりに強く切れ目がないため、みるみる電磁ナイフのエネルギー残量――内蔵されたマナが消耗してゆく。やがてユージの視界に赤い警告表示が出た。


 電磁ナイフ マナ残量 16%


 それからもユージはエンジェルの連撃を電磁ナイフで受けていったのだが、その都度青い火花が痛々しく飛び散った。

 ――やがて残量が『2%』になったとき、レイカがエンジェルの真横から斬りかかっていった。ユージは紙一重のところで救われた心地だった。

 しかしエンジェルは、レイカの攻撃をものともせずに鎌で受けると、鎌を逆に振ってレイカを吹き飛ばした。レイカの子犬のようなうめき声が聴こえた。

 エンジェルはまた、背後の闇の中へ後退していった。



   *   *



 レイカは体を起こし、エンジェルが闇の中に消えてゆくのを見た。ユージの方へ視線を転じると、電磁ナイフの光がずいぶんと暗くなっていた。おそらくマナが尽きかけているのだろう。それを見たレイカは、

「それ、大丈夫?」

 しかしユージはなにも答えず、エンジェルの方へ電磁ナイフをかざし、かぼそい青い光で、少しでもエンジェルを倒すための手がかりを得ようとしているようだった。


 レイカが振り返ってエンジェルのいた場所を見ると、すでにその姿は消えていた。

 レイカは舌打ちをしてから「どうしろって言うの⁉」と大きな声を出した。そこでやっとユージの声がした。

「感情的になるんだな。レイカも」

「……すまない。でも。正直に言って、心が乱れている。恐怖している。色々な敵を倒してきたけれど。これほどやっかいなやつは、はじめてかもしれない。なんとか、攻撃をしのいで、やっと反撃に転じても。――ふっと幽霊のように消えてしまう。そしてまた、思いもよらないところから、急に襲いかかってくる。そう、こうしている間にも……」

 レイカは目を広げ、ユージの電磁ナイフの光を頼りに、森の中を見回した。心もとないその光も、まもなく消えてしまうだろう。

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