第21話
ユージはエンジェルと対峙するレイカの背中を見た。
レイカは刀を構えながらも、左手をさっと腰のポーチへのばして、銀色の小さな球体――オートカメラを取り出すと、それを宙へとはなった。
ユージからすると、よくそんな余裕があるものだと驚かされた。
とはいえ、戦いの様子を配信しなければ、エンジェルを倒しても
シンヤも同じようにオートカメラをはなってから、ユージの近くにやってきた。
「さて、試してみるか」
そう言って、シンヤはテントの脇に置かれた壺をつかんだ。彼が昼間に運び込んできたものだ。
エンジェルはレイカに向かって迫り、左右の鎌のような腕を振るう。レイカは刀でそれをかろうじて受け流していく。――そこでシンヤは声を上げる。
「レイカさん、いまだ、いくぜ!」
それを合図にレイカは大きく斜め後方に跳んだ。また、入れ替わるようにシンヤは一歩前に出て、壺の中身をエンジェルにぶちまけた。その中身は赤い液体だった。――その赤い塗料はシーツのように広がり、エンジェルの全身を包みこんだ。黒いローブや白い体に塗料がこびりついた。
「これで、消えられねーはずだ!」
シンヤはそう勝ちほこったように言った。
エンジェルは怒り狂うような耳障りな声を上げ、無茶苦茶に両手を振り回しはじめた。顔に塗料がかかり、視界も奪われたようだ。
そこにレイカは斬りこんでいく。ユージも電磁ナイフを右手に間合いを詰めた。
するとエンジェルは、二人の気勢におされるように、ゆらりと後ろに退がりはじめた。それを見てユージは言った。
「また、消えるぞ」
「させねーよ!」
とシンヤは声を荒らげた。
エンジェルは背後の闇へと身を退いていった。するとシンヤの思惑をあざ笑うかのように、体の端々が闇に吸い込まれ、溶け落ちるかのように消えていった。エンジェルに付着し、闇に浮かんでいた赤い塗料も、もはや跡形もなくなっていた。
「どうなってんだ、くそッ! なんで塗料ごと見えなくなんだよ! マジで消えてんのかよー!」
とシンヤが地面を踏みつける。
ユージは振り返ると、怯えているミオへと近づいた。
「いいか。おれから離れるんじゃない。エンジェルのやつ、どこから出てくるか。なにをやってくるか、知れたものじゃないんだ」
「うん……」
そうミオはうなずき、身をすくませた。
ユージの横では、レイカとシンヤが互いに背中を合わせ、周囲を見回していた。レイカの横顔が焦りのためか引きつっている。シンヤは歯をむき出して、剣を前方に突き出している。
そのとき、ユージの視界の端に動くものが見えた。それは赤い塗料を体に付着させた、エンジェルの姿だった。塗料はいくらか薄まっているようだが、まだエンジェルの体にこびりついており、黒いローブを陰惨たる赤いまだら模様に染め上げていた。どう見ても呪われた死神か悪霊にしか思えない姿だった。
エンジェルはユージから見て、焚き火が燃えているすぐ後ろのバリケードのあたりにいた。
「そこにいるッ!」
とレイカは短く言ってエンジェルを睨みつけた。
そこでエンジェルはなにを思ったか、バリケードをゆらりと飛び越え、焚き火の前にくると、両腕の鎌を振って焚き火を破壊した。火の粉が舞い、木片が吹き飛んだ。続いて、脇に置かれていたランタンも鎌で両断した。まるで塗料で汚された苛立ちをぶつけるようだった。あるいは、自身の姿を消すために、狡猾な意図でそうしているようだった。――あたりは暗闇に包まれた。
「なんのつもりだ! チクショー!」
暗闇の向こうからシンヤの声がしたが、その姿は見えなかった。そんな中でも、レイカが動いた気配がした。――レイカは焚き火のあったあたりに踏みこんで、刀を振ったようだ。ユージはレイカのシルエットを、電磁ナイフからはなたれる青い光でかろうじて捉えたにすぎないが。
「いない! どこだ? どこにいった?」
レイカの困惑した声が虚しく響く。ユージは左手でミオの肩を引き寄せた。
そこでシンヤの怒声が聴こえた。
「うおッ! なんだ!」
ユージがそちらを電磁ナイフの光で照らすと、赤黒い巨躯がシンヤの影に覆いかぶさるように迫っていた。
続いて風を斬る音、物体を斬る音。シンヤのくぐもったうめき声。
「ウグッ。な、なんだ……。こいつ……」
そうしてシンヤの影は地面に崩れ落ちた。ユージは一歩踏み出してエンジェルを照らしたが、またすぐに赤い影は闇の中に溶けていった。
ユージの左腕の中からミオのか細い声がした。
「シンヤさん……」
「大丈夫だ」
とユージは言うが、その根拠はなかった。次にレイカの方へ顔を向けて、
「ここは不利だ! 狙いうちにされる。森へ逃げよう」
それにレイカの声が答えた。
「ええ、わかった。それがいいかもしれない」
「それにしても、あいつ。――あのエンジェルの体は、どうなっているんだろう……」
「もっと、深く視なければ」
「視る?」
「ええ。目付け。――意図を、戦況を、世界を視る。それが生き残るための、すべだから……」
そこでレイカは突如として、ユージとすれ違うように踏みこんできた。ユージがびくりと身構えると、それを横目にレイカは刀を虚空に振り上げた。――そこで、激しい金属音が響きわたった。
ユージが驚いて振り仰ぐと、エンジェルの巨躯が真後ろに迫っていた。気づかぬうちに背後を狙われていたということだ。
レイカによってはじかれたエンジェルの鎌が、月あかりによってほのかに光って見えた。
ユージは自分の注意力のなさを嘆いたのだが、その気持ちを振り払い、ミオを離してエンジェルの懐へと踏む。そしてエンジェルの白い腹へ電磁ナイフを突き出した。
しかしエンジェルは亡霊のようにふわりと身を退いて、また闇へと消えていった。――ユージは舌打ちをし、恐怖と焦りを否定するように歯噛みした。
「さあ、なにをしている。はやく森へ!」
とレイカは急き立ててきた。ユージはミオの手を掴んで、暗い森を見た。
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