第20話
ユージはユキナとともに、燃える焚き火の前に座っていた。暗い森を背景に、ユキナの褐色の肌が火に照らされており、まるで夜行性のしなやかで美しい獣のように見えた。
ミオとシンヤとレイカの三人はテントの中にいた。
夜空には雲が流れていた。湿った夜気に混じり、木の焼けるにおいと土のにおいが漂っていた。
「それにしても、なんで、ミオは天使どもに狙われとるんやろなァ」
と、ユキナは言った。
「どうだろ。わからない」
「さよか……。エンジェルいうたら、AIを取り締まる警察みたいなもんやろ。エンジェルたちに命令しとる、たしか……」
「ああ、ヨッド、と呼ばれている、やつらの神のことか?」
「せや。そのヨッドの命令で動いとるはずやし、意味もなくAIやゴーストを攻撃するなんて、ありえへんやろ」
「そりゃそうだけど、そういえば」
「なんか、あったん?」
「二日前に、エンジェルと騒動があったんだ。公園のヘヴン――サニーデイパークで」
「へえ、騒動て、どないな?」
「ああ。あるゴーストの青年が、人間を殴って、エンジェルがやってきた。ミオがその青年をかばうものだから、おれは、戦うことになった」
「そんで?」
「そのときは、エンジェルを説得して、帰した」
「ええー。エンジェルに、話つうじんの……。どんな話術やそれ」
「まあ、とにかくそうしたんだ。そして次の日、港町のヘヴンに行って。そこでまた同じエンジェルが現れた。ミオを追ってきたみたいで。……そこでまた戦って、倒した。でも、そのあとまた別のエンジェルが来て、ここに逃げてきたんだ」
「ほんでいまにいたる、ちゅうわけか。そないしつこいなら、またきそうやな」
「そうだな」
「ま、くるなら、はよきたらええ」
そうしてユキナは森の中をにらんだ。
それから二時間も過ぎたころ、ユージはいよいよ、エンジェルはもうやってこないかもしれないと考えはじめた。ユキナもあくびをしていた。焚き火はひたすら燃えしろの枝を音をたてて食んでいた。
――皮肉なことに、そんなさなかに異変が起きた。
テントの中でなにかが動く気配がし、ユージは顔を向けた。
すると、ミオがテントから出てきたところだった。ユージはミオの目つきを見て身構えた。
ミオはまるで、世界の終わりを知った巫女のように、目を見開き、おびえていた。森や焚き火に目を泳がせ、最後にはたとユージを見た。
ユージは立ち上がって、
「エンジェルか?」
そう言って電磁ナイフを抜いた。
「お兄ちゃん。くる……」
「なんや? はじまるん?」
ユキナはそう言って薙刀を手にし、刃を生成した。
ユージは振り返って森の中を見た。前回エンジェルが現れた方向だ。しばらく見回したが、前兆――エンジェルが現れるときの空間のひずみはなさそうだ。
そのとき、ユキナの声がした。
「あかんッ!」
その声にユージが振り向くと、ミオの背後にエンジェルの体躯がそびえていた。
その鎌のような白い腕が焚き火に照らされる。その右腕がミオに振り下ろされようとしている。ミオは振り返りざまに短い声を上げた。
そのとき、駆け抜ける金色の光が見えた。――ユキナが飛び出したのだ。乱れてたなびく豊かな金髪と、薙刀のエネルギーの刃が、ひとつの獣のように突き進む。
エンジェルがミオに向けて振り下ろした腕は、金色の刃とぶつかり、火花を散らした。
ユキナはミオを強引に後ろのユージの方に突き飛ばす。ユージは前に出て、よろめくミオをささえる。
エンジェルの攻撃が続き、ユキナの死角から左手が迫る。
「くるぞ! 退がれ!」
とユージはユキナの背中に向けて声を上げる。
エンジェルの左腕は、体勢をくずしているユキナへと振り下ろされた。
ユキナは正面からもろにその攻撃を浴びたように見えた。ユキナは薙刀を構えたまま、後方によろよろと数歩下がり、仰向けに倒れた。
右肩から左脇腹にかけて、赤黒い無惨な傷口が大きく開いていた。ユキナは信じられない、といった様子で胸に右手を当てて、
「こら、あかんな……」
ユージはエンジェルを警戒しながら、
「大丈夫か⁉」
「すまん、守りきれへんくて……」
ユキナはそう言って力なく笑った。その体が、傷口の周りから急速に黒くなっていく。――強制離脱がはじまったのだ。
それと同時に、テントからレイカが飛び出てきた。
「すまない。出遅れた」
と右手に刀を生成し、レイカはエンジェルをにらんだ。さらに、シンヤもテントから出てきた。
エンジェルは濁りひずんだ、機械的な声を上げ、再び両手を振り上げた。
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