第19話

 ユージが再び白暁の森に戻ると、太陽は中天にあり、森を照らしていた。

 焚き火のあとの前にはミオとレイカが座っていた。レイカは無表情に森を見つめており、ミオは口をむすび燃え残った消し炭を見ていた。

 この独特な、張りつめた静寂の中に入っていくのは、ユージにとっていささか勇気が必要だった。

「あ、あれから、なにか変わったことは?」

 と、ユージは数時間前にロボットのシロに聞いたようなことをまた言った。

「なにも」

 レイカは遠くを見たままそう答えた。一陣の風が吹き、鳥の鳴き声がした。ユージは言葉を継いだ。

「ありがとう」

「なにが?」

「ミオのことを、見てくれて」

「いえ。得点ルクスのためだから」

「なんとなく、不思議な感じがする」

「なぜ? わたしが、ルクスハンターをやるのが、おかしいってこと?」

「いや、そこまでは言ってないけど。レイカは、あまり、目立つことが好きじゃなさそうだからさ。レイカは、どうして戦うの?」

「そうね。たとえばきみが、妹の、ミオのため戦うように。わたしも……」

 そこでレイカは口を閉じた。

「どうした?」

「いえ。みんな、だれかのために戦っている。……それだけのこと」

 するとレイカは右手の人差し指の、青い指輪に視線を落とし、だまってしまった。

 ユージは少し待ってから尋ねた。

「その指輪。刀を生成するためのもの、だよね」

「そうね。珍しい?」

「どうだろう。でも、あまり見ない」

「わたしは、エネルギーの刃というものが、苦手で」

「苦手?」

「ええ。派手で破壊力はあるけれど、理合いが乱れるから。刃は、硬質で、研ぎ澄まされていればいい」

 そう言ってレイカは右手を持ち上げると、目を細めた。指輪が光り、次の瞬間には刀が生成された。黒い柄に青い刃。刃は周囲の森やレイカの黒髪を映していた。

「青い色は、心を澄ませる」


 ユージは息を飲んだ。その刃は金属というよりも氷のようだった。刀を手にするレイカは、ことさら近寄りがたい雰囲気をおびていた。もしレイカと戦うことがあったら、一合で斬り裂かれてしまう気がした。また、そんな日がこないことを願った。

「なんとなく、わかるよ。たぶん、レイカにはそれが合ってる気がする」

 するとレイカは無言で右手を広げた。刀は細かな粒子となって、蒸発するように消えた。



 ユージたちは夜に向けて準備をしていた。

 明確な根拠はなかったが、エンジェルが襲ってくるとしたら暗くなってからだと思われた。また、そうでないにしても、視界の悪くなる夜にこそ備えておかねばならなかった。

 シンヤは二つの壺を抱えて、テントの近くに運びこんできた。――よそのヘヴンから、わざわざエントリーゾーンを経由して持ってきたのだ。

 レイカは近い森の中で刀を持って稽古をしていた。


 ミオはテントを囲うバリケードの内側から、森を見上げていた。ユージはミオに近づいて言った。

「少しは慣れたか? このヘヴンに」

「うん……」

「心配だろうな。けど、大丈夫だ。おれがなんとかするから」

「わかってる。――ねえ」

「どうした?」

「あのエンジェルを倒して、また別のがやってきたら、どうするの?」

「もし、そうなったら、そいつを倒す」

「ずっと繰り返すの?」

「ああ。おまえを守るためなら」

 するとミオは、ごめん、とつぶやいた。

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