第二章
第14話
ユージはミオの前に立ち、電磁ナイフに手をかけた。
そのときユキナは腰のポーチから銀色の小さな球体を取り出し、手のひらから宙に放った。それに、シンヤとレイカも同じような球体を放った。その球体の中央には黒いレンズがついていた。
「え、配信せえへんの? 配信してナンボやろ」
と、ユキナは尋ねてきたが、ユージは憮然として、
「カメラは準備していない」
「ほんま? たいして得点にならへんで……。撮影なしで倒しても」
「おれは、ルクスハンターじゃない。それより、くるぞ」
ユージが指し示す森の中空に、ちょうど黒衣のエンジェルが姿を現したところだった。その巨大な黒い塊は、森の中をゆっくりと落下し、騒々しい音をたてて枝葉の中に消えた。
シンヤは剣を抜いてつぶやいた。
「エンジェルと戦うって、マジかよ。やっぱりムリだろ……」
そんなシンヤの声は歯牙にもかけぬように、レイカは右手を前方にかかげていた。そこでふいに人差し指の青い指輪が光ると、右手の中に黒い柄が生成され、そこから青い刀身が現れた。レイカはその刀を両手で構えると、エンジェルが落ちていった方向を向いて目を細めた。
それを見たユキナは、
「あの姉ちゃん、使いよんな」
そう言って自身も薙刀を構えた。
ユージはテントの脇に置いてあったランタンを持ち上げ、森の中に向けた。すると木々や動物の目が照らし出された。夜の森はどこか光を拒絶しているようで、不気味でもあった。
その瞬間、ユージの目にエンジェルの黒い姿が見えた気がし、「いたぞッ」そう言ったのだが、しかしエンジェルは霧かなにかのように、すうと夜闇に溶けていった。
「なんや? おったんか⁉」
と言うユキナに、
「ああ。でも、消えた……」
「消えた? なんでや。見まちごうた?」
「いや、ちがうんだ。いま、たしかにいたんだ。でも、その姿が……」
ユージはしばらく森を見つめてエンジェルの姿を探した。しかし一向にその姿は見つからなかった。
そのとき、ミオの悲鳴が聴こえた。
振り返ると、ミオの眼前にエンジェルの姿があった。その姿は港町で戦ったものよりもさらに大きく見えた。また、エンジェルは白い湾曲した鎌のような両手を振り上げ、ミオにのしかかるかのように迫ってきていた。
すると、脇からなにかが飛んできた。ユージは目を疑ったのだが、それは焚き火から引っこ抜いたような、火のついた枝だった。また、それを投げたのはシンヤのようだった。
エンジェルは鎌のような腕でその枝を叩き落とそうとした。そのときシンヤは左手を突き出して、声を上げた。
「燃えろー!」
シンヤの左手がほのかに光るやいなや、枝は大きな炎につつまれ、まぶしく燃える火球となってエンジェルにぶつかった。――と、エンジェルにわずかな隙が生まれたように見えた。
そのとき火の粉の舞う中に蒼い影が――レイカが飛びかかった。
迎撃とばかりにエンジェルの右手の鎌が振り下ろされるも、レイカは刀でそれを払う。しかし次の左手が襲ってきたときに、レイカはそれを刀で受けながら後ろに吹き飛ばされた。
そこに入れ替わるように、こんどはユージが飛び出した。
電磁ナイフを低く構え、突っ込んでいく。エンジェルの直前で大きく横に飛び、バリケードを踏み台に跳躍し、エンジェルの頭部に向かっていく。
エンジェルの鎌が横薙ぎにくるが、電磁ナイフの軌道を変えて弾く。しかし、その衝撃でユージの体がバリケードの方に飛ばされた。
それと同時にユキナが向かっていった。
金色に輝く薙刀の刃が大きな弧を描いてエンジェルの頭に振り下ろされた。エンジェルは鎌で受けるも、ユキナは続いて下段、上段と流れるように連撃し、最後に鋭い突きをはなった。
ユージから見ると、エンジェルがその突きを避けるすべはないように思われた。
しかし、エンジェルの姿は夜闇の中に消えていった。さながらに、黒い布に染みて消える墨汁かなにかのように。
「どこやーッ!」
といきりたつユキナであったが、エンジェルはその声によって姿を現すこともなかった。そして最後にはふたたび、夜の虫や梟の声が戻ってきた。
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