第13話
ユージたちはテントの脇に設えた焚き火を囲んで腰を下ろしていた。
ユキナとミオのほかに、シンヤとレイカの姿もある。燃えさかる火に照らされて、影が地面にゆれている。
夜空には星々の中心に半月が光り、暗い雲がゆっくりと流れていた。周囲の森からは虫の声や獣の遠吠えが聴こえてきた。
焚き火の上には鍋がかかっていた。焚き火の両脇に木で組まれた土台があり、そこに鉄棒が通され、鍋が吊り下げられていた。鍋には野菜や鹿肉やキノコが入っていた。味付けについては、ユキナがテントの中からさまざまな調味料を持ってきて、それを振り回していた。おそらく味噌味だった。
ユキナはその鍋料理の準備をしながら、レイカとシンヤを警戒していたのだが、しまいに彼らにテントの利用を許すにいたった。
「本来なら、どつきまわしとるで」
と言いつつではあったが、ユキナなりに思惑があったのだろう。
次第に鍋からよい匂いが漂ってきた。
――ヘヴン・クラウドにおいて味覚と嗅覚が実装されてから七〇年近くが経ち、現実世界と遜色のない食事を楽しめるようになっていた。この新たな快楽によって、そのときからいっそう人々はヘヴン・クラウドにのめりこむことになった。
いわゆる三大欲求に数えられる『食欲』『睡眠欲』『性欲』のうち、睡眠欲以外のすべてがこうして十分すぎるほどに満たされるようになった。
ここにマズローの提唱する五段階の欲求を重ねたとしても、社会的欲求や承認欲求も含め、ヘヴン・クラウドはそれらを容易に満たすことができた。
定期的な仮装体験の休息――つまり短時間の睡眠を行いさえすれば、この無限の充足の輪廻に沈み、快楽を浴し続けることができた。
いったいその幸福の装置が、人類になにをもたらしたのだろう。その答えがユージたちが生きている時代というものだった。
人類は右手で幸福の機械を操作し、左手で自分の首を絞めている。神が命ずるまま、そうせずにいられないからだ。
シンヤは焚き火に木の枝を放りながら言った。
「おれと、レイカさんは見てのとおり……。いや、ぜんぜん仲良くなさそうかもしれねえけど、いちおうコンビでよ。おれが援護して、レイカさんが斬りこむっていう感じで」
ユキナは眉間に皺を寄せてうなずき、
「エグすぎるわ……」
「いい連携だろ?」
「ところで、じぶんらは、なんでルクスハンターなんてやっとるん?」
「おれは上級市民になって、もっと自由に魔法を研究する環境を手にいれるために。で、レイカさんは……」
すると、ひとりで夜空を見ていたレイカは、「余計なことは言わなくていい」と刺すように言った。シンヤは頭を掻いてから、
「まあ、こんな具合ってわけ。じゃあさ、ユキナはなんのためにやってるんだ?」
「あたしはな。せやな、お父はんのためかなァ」
そう言ってユキナは目を細め、ふと夜空を見た。
やがてユキナは立ち上がって鍋をのぞきこんだ。
「よっしゃ! できたでー」
そう言ってユキナは木の椀に料理を取り分けたが、レイカだけは「いまはいい」と拒んだ。
そんな中でユージはこれまでのことを説明した。
なぜかエンジェルにミオが狙われること。
港町でエンジェルを倒したが、別のエンジェルに襲われたこと。
この白暁の森においても、安全とは言えないこと。いや、むしろ、襲ってこない理由がまったくないこと。
木の椀を抱えて汁をすすっていたシンヤはふいに顔を上げて、
「ひとつ、方法があるかもな」
ユキナは尋ねた。
「方法て?」
「
「なるほど! 四大都市なら!」
「ああ。四大都市なら、エンジェルの管轄外だろ。それに、ゴーストを連れていくこともできるはず。それなら、ミオを守ることができるかもな」
彼らの言う四大都市とは、恩寵都市エデン、霊海都市メア、神聖都市ラテラエ、星光都市スターレインとして知られる都市型のヘヴンのことだ。そこに暮らせるというのは上級市民の特権のひとつだ。
「どうや? あたしらで、チームを組んでみいへん? ルクスを稼ぐって点で、目的が一致しとるやろ?」
とユキナは周囲を見回した。それこでユージは言った。
「おれは上級市民だとかに、興味はない。それに、やたらとつるむのは、やりにくいんだ」
「せやから、ミオを守るために、そう言うてるやんか」
「ミオはおれが守る」
そのとき、ふいにミオが椀を地面に落とした。それから顔を上げ、暗い森の一隅を不安そうに見上げはじめた。
するとミオの視線の先の空間がゆがみ、黒いスパークの軌跡がほとばしり、耳障りな音が響いてきた。
ユージは舌打ちをして、椀を地面に置いて立ち上があった。
「たぶん、くるぞ。お望みのエンジェルが」
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