第12話

 ユージはユキナについていった。やがてユキナは森の開けた方を見ながら「ここや」と、立ち止まった。

 ユキナの視線の先には大きなテントのようなものが見えた。そのテントは、複数の木の柱に迷彩柄のシートを被せたもののようだった。テントの横側にも、壁のように迷彩柄のシートが垂れていた。また、出入り口のような切れ目もあった。

 それに、テントのある一画は先を尖らせた木によって組まれたバリケードに囲まれていた。

 たしかにユキナが言うように、基地と呼べるような、最低限の威容をそなえているとも言えるだろう。



 そこでユキナは険しい表情をした。

「え、なんや、足跡が……」

 そこでユージは、ユキナが指さす先を見た。すると、テントの出入り口のあたりの地面に、いくつかの足跡が見えた。

 ユキナは背中に右手をのばし、黒い長柄を取り外すと、それを眼前にかざした。すると長柄の先端から、彼女の髪の色と似た黄金色の光がほとばしる。

 その武器はやはり薙刀のようだった。黒塗りの長柄の先には黄金色のエネルギーの穂先がのび、空気を焦がす音をたてていた。

 ユキナは薙刀を水平に構え、やや腰を落としてバリケードの上に足をかけた。

 ユージはまだ電磁ナイフを抜かず、ミオをかばうように位置取り、ユキナの背中を見守った。

 ユキナはバリケードの内側の地面の上を、テントに向かって慎重そうに歩いていた。



 そのとき異変が起こった。

 ふいに風が吹きこんできたと思うと、ユキナの足元に砂埃がたった。砂埃はゆるく渦を描きはじめた。

「気をつけろ。ユキナ、なにかおかしい!」

 そうユージが言うやいなや、ユキナの体が竜巻につつまれた。土と枝葉を巻き上げるどす黒い竜巻が、突如としてそこに現れたのだ。するとすぐにユージの視界もうばわれた。ユージの周囲にも轟音とともに土や小石や草が舞いはじめ、目を開けていられなくなった。

「ど、どないなっとんねん!」

 と、風の向こうからユキナの声がする。背中からはミオの悲鳴が聴こえた。



 ユージは電磁ナイフを手探りで抜いて、目を細めて周囲を見ようとした。そうこうするうちに竜巻がおさまると、ユージは意外なものを見た。

 テントとは反対側にいたミオの背後に、ひとりの女が立っていた。その女は右手に刀を持っており、その刀身がミオの首筋に当てられていた。ミオは自身の首の横から前方へ延びた、その青い刃を見下ろして硬直していた。

 ユージが彼女のステータス表示を見ると、レイカという名前の、人間のアバターのようだった。

 レイカは肩に黒髪を垂らし、冷徹な眼差しで口をむすんでいた。また、暗い紺色の着流しと、袴に似たロングスカートを穿いていた。得物は青い刃の刀で、その刀身は氷のように輝いては、森の緑をほのかに映していた。右手の人差し指には青く細い指輪が光をはなっていた。

「何者だ」

 と言うレイカに、ユージは言った。

「争う気はない。早まるな。それにその子は、おれの妹で、ゴーストなんだ」

 するとレイカは視線をミオの方に移し、しばらく思案する様子を見せてから、

「どういうことだ?」

「慈悲があるなら、その刀をおろしてくれ。それはおれの妹で……ゴーストなんだ。死んでしまったら、二度と戻らない。……お願いだ。おれたちは、わけがあって、ここに流れついた。そこで、偶然ユキナと出会って、ユキナの基地に案内されてきた」

 そのとき、背後のテントの方から声がした。

「せやでー! わが家に帰ってきたら、いきなり攻撃されて、こんなん寝耳に水や! たしかに対人戦闘が許可されとるヘヴンやけど、道理ちゅうもんがあんで、ほんま!」



 すると、テントの中から別の男が現れた。

 その男は人間のアバターで、シンヤという名前が表示されていた。すらりとした長身の、美形の魔剣士という風貌だ。身軽そうな革鎧の上に銀色のマントをはおり、右手には細身の長剣を握っていた。額には銀の頭冠をはめ、それと同じ銀色の髪を後ろに流していた。

「なんだなんだ? どうなった?」

 と、シンヤは言った。ユキナはそれに対して、

「なんやねん。あたしのテントに、なに住んどんねん」

「知るかよ。ちょうどいいから使わせてもらってたんだよ」

「まさか、さっきの竜巻も、じぶんのしわざかいな」

「まあな。ゴツい女が薙刀かついでせまってきたら、そりゃ警戒するだろうよ」

「なにが、まあな、や。そもそも……」

 そこでユージは口をはさむ。

「ちょっと、静かにしてくれ。ミオが……」

 そう言ってユージはユキナに背を向け、再びレイカを見る。レイカはいまだ刀をミオの喉元に当てている。ミオは固く唇をむすび、うつむいて目をつむり、拳を握っている。ユージは言った。

「たのむ。敵意はない。おれには、妹だけなんだ」

 レイカはしばらく考えるそぶりをしていたが、ふいに殺気がゆるみ、右手の刀を横に外して引いた。

「それが嘘なら、殺すけれど」

 そう言ってレイカが右手を広げると、刀は空中に消えた。

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