第7話
リュートが
なんとミオがリュートに駆け寄り、押し倒し、エンジェルの剣からリュートを守ったのだ。
エンジェルは剣を引き、こんどはミオを見下ろした。するとエンジェルはミオに向かって剣を振るった。
ユージは電磁ナイフを抜くと同時に起動し、エンジェルの長剣を打ち払った。
落雷のような炸裂音とともに、青い光が散る。
ユージはミオとリュートの前に立ちはだかった。――ユージにとっては思ってもいない展開だった。ミオさえ守ればいいのに、なぜこんなことになっているのか。
エンジェルは苛立たしげに言った。
「鎮圧処理の執行を妨げるなら、おまえも鎮圧対象になるぞ」
「鎮圧は完了しているだろ。見ろ、こいつはもう、なにもできない」
ユージはそう言ってミオに押し倒されたリュートを左手で示した。エンジェルは眼窩に赤い光をまたたかせ、ジジジと鳴らしながらリュートを見た。
「敵意がある」
「敵意は感情であり、行為ではない」
「行為に発展しうる」
「顕在化していない」
「さきほど、人間を殴った」
「それは鎮圧された」
そこまでユージが言うと、こんどはエンジェルはぐるりと青年たちを見回した。青年たちはぎくりとした様子で、エンジェルの白い顔を注視していた。
するとエンジェルはローブをひるがえし、「鎮圧を確認」とつぶやくと、長剣を左腰の鞘に戻した。そこでエンジェルの周りに複数の黒い稲光が走った。その稲光が集束しゲートを形成すると、その中に飲み込まれるようにエンジェルの体が消えた。
ユージは電磁ナイフを持ったまま青年たちを見た。すると、リュートに突っかかっていた金髪が、ユージを指さして叫び声を上げた。
「げッ。こいつ、
すると青年たちは顔を見合わせ、後ずさりして、逃げていった。
ユージは青年たちを退けたことに安堵し、電磁ナイフをホルダーにおさめた。人間同士の戦いならばエンジェルが出てくることはないが、こんどは警察がやってくる。ヘヴンの中とはいえ、私闘で暴れたともなればスコアは大幅に減り、リーグへの参加も停止されるだろう。
一方で攻撃された方も、生々しい痛みとペナルティをともなう。ヘヴンには痛覚が存在するのだ。だから、青年たちも引いたのだろう。
ユージはため息をついて振り返る。リュートは座りこみ、青ざめた顔でうつむいていた。ミオは両手で口元をおおい、肩を震わせていた。ユージはミオに言った。
「言いたくはないが、おまえはゴーストだ。ミオ」
するとミオは顔を上げた。
「お兄ちゃん……」
「このヘヴンの中で死んでしまったら、そのときは、ほんとうに消滅してしまう。二度とこのヘヴンにすら戻れないんだ。人間ならばペナルティで済むけど。それに、天使どもは容赦がない。わかっているだろ?」
「うん……」
次にユージはリュートに言った。
「忘れるんじゃない。おまえたちは、AIと同じ立場なんだ」
リュートはゆっくりと顔を上げ、
「AIと……」
「そうだ。知っているはずだ。AIと同じく、裁定者どもに。――ヨッドと天使どもに支配されている」
するとリュートは拳を握り、地面を殴りつけた。
「くそッ」
「守るものがあるなら、間違っても人間に手を出すな。ヘヴンで生きていたければ」
「おれは……」
「どうした?」
「おれは、生きているって言えるんだろうか? なあ、あんた、教えてくれよ」
「どういうことだ?」
リュートは睨みつけるような目つきになった。
「おれは、病気で肉体はうしなったけど、ゴーストになればずっと生きられるって。そう思って、ゴーストになった。なのに! これじゃ、死んでいるのと同じだ。尊厳も、自由もない……」
ユージは目を閉じ、暗闇の中に答えを探した。しかしろくな言葉が出てこなかった。ユージは言った。
「すまない。それには、答えを持っていないんだ」
リュートはあきらめたように首を振り、よろよろと立ち上がると、後ろの方で戸惑っているサラに近づいていった。
「行こう、サラ。きみだけがおれのささえだよ」
ミオは風に吹かれる緑の丘を眺めていた。風に髪をさらし、細い両腕で自分の肩を抱いていた。ミオの横顔に残る
「おれが守る。大丈夫だよ。エンジェルだったとしても、おまえに手出しはできない」
ミオは無言だった。
そのとき、うっすらとした墨のような闇が草原を滑って近づいてきた。それは頭上の巨大な雲が落とす影だった。影は避けがたく周囲を仄暗く染めて、ユージは息苦しさを覚えた。
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