第6話

 ユージは『サニーデイパーク』というヘヴンにダイブした。

 そこはおよそ直径四〇キロメートルの、庭園をモチーフにしたヘヴンで、ピクニックやスポーツなどを楽しむことができる場所だ。

 ユージは灰色のパーカーを着たアバターの姿でエントリーゾーンに降り立った。

 ――エントリーゾーンとはヘヴンの外縁に設定された玄関口で、ヘヴン間を移動するときや、ヘヴンにダイブするときは、このエントリーゾーンを経由することになる。


 ユージはサニーデイパークの東部にある、草原エリアを目指した。そこにミオがいるはずだった。ゆるやかな起伏のある道を進むと、やがて青々とした草原の丘や、広場が見えてきた。

 周囲にさまざまなアバターがいる中、ミオは二名の男女の友人と話をしていた。ミオはユージに背中を向けており、ユージには気づかないようだ。

 友人のうちひとりは男性だった。彼の頭上にはステータス表示のバルーンが浮かび、その背景色は黄色だった。バルーン内には『リュート』という名前があり、その後ろに『Ghost』と書かれていた。彼はミオと同じゴーストであるということを意味していた。

 一方で女性の方のバルーンの背景色は灰色で、『サラ』という名前の後ろに『AI』と書かれていた。

 ゴーストのリュートとAIのサラ。それがミオの話し相手になっていた。また、リュートはサラに好意があるのか、サラに寄り添い、いつもサラを見ていた。


 ユージは少し離れた位置から近づきがたい気持ちで三人を眺めていた。そのときユージは、『ゴーストとAIがなにを話すというのか』などと思った。――同時にそんなことを考える自分を非情だと思った。ミオは笑顔を浮かべ、楽しそうにしている。リュートとサラも同様だ。それを不気味に思う、自分自身に嫌悪感を抱く。


 事件はそのときに起こった。


 近くでフリスビーを投げあっていた三名の青年たちがいた。彼らはいずれも人間が操るアバターで、ステータス表示のバルーンの背景色は緑色だった。

 青年たちは大声で笑いながら、卑猥なことを話していた。

 そのうち、フリスビーが大きな弧を描きミオたちの方に飛んできた。

 ミオは体をすくめた。

 フリスビーはサラの頭に当たり、サラは悲鳴を上げてよろめいた。


 青年の中の金色の長髪のひとりは、にやけながらミオたちの近くにきた。

「へッ、AIどもが、ジャマなんだよ」

 そう言ってつばを吐き、フリスビーを拾い上げた。ユージは文句を言おうと歩き出したが、それより先にリュートが言った。

「待てよ」

 ユージはそれに冷や汗をかいた。ゴーストが人間に歯向かっても、ろくなことにならない。

 金髪の青年は口元に嫌らしい笑顔を貼り付かせ、

「なんだよゴーストが。文句でもあるってのか? ああッ?」

 そう言って、サラの髪を上から掴む。サラは目を強く閉じ、震えていた。金髪の青年は言った。

「そうそう。この反応が正しいんだよ。おびえて、媚びて、道をゆずる。そうだろ?」

 すると金髪の青年はサラを突き飛ばした。サラはまた悲鳴を上げた。ミオは金髪の青年をにらんでいた。リュートは青年に向かっていった。

 ユージはやや離れた場所から、リュートに向かって言った。

「やめろ!」

 皮肉にもその声とともに、リュートは青年に向かって拳を振り上げた。拳は青年の顎を横から打ち抜いた。青年は体を反転させて倒れ込んだ。

 青年の仲間たちは口笛を吹いて、

「おいおい。マジかよこいつ」

「ゴーストが、AIのためにがんばってるぜ」

「こりゃ、死刑だなー」

「死刑死刑」

 ユージは左腰のホルダーの電磁ナイフを意識した。リュートはもうどうなるかわからない。それより、ミオは守る。そう覚悟を決めた。

 青年たちのいずれかが『通報』したのか、天使エンジェルがやってきた。


 ミオたちの頭上の空間に黒い稲妻のような亀裂が走り、それらが重なって、黒いいびつな空間のひずみが生じた。そのひずみはゲートと呼ばれていた。

 ゲートは低い振動音をたてながら瞬時に縦長の円筒状に広がる。するとそこに黒いシルエットが現れた。そいつは黒いフードとローブをまとっており、ローブの中には白い金属質の体が見えた。さながらに骸骨じみたロボットのようだ。個体差はあれど、およそエンジェルはそのような見た目をしていた。

 ユージは電磁ナイフをいつでも抜く心構えをした。


 リュートはちらりとエンジェルを見て一瞬はうろたえたが、それよりも金髪の青年への憎悪が勝るらしく、再び青年に向かった。

 そのとき、機械的なざらつく声でエンジェルは言った。

「裁定者ヨッドの名のもとに、執行する」

 すると、エンジェルは黒い風のように移動し、リュートの真横にきた。そこで白い右腕と、そこに握られた真っ白な長剣を振り上げる。

 その白い長剣の刃はギザギザと波打っており、見慣れない記号が銀色の文字で長々と刻みこまれていた。おそらく古代のヘブライ語だろう。神を言祝ことほぐか、悪魔を侮蔑するか、おそらくそんな聖なる言葉が。

 長剣は庭園に注ぐ燦然さんぜんたる陽光を映し、その光の鋭さをもってリュートへと振り下ろされた。

 ユージはリュートにではなく、ミオへと駆け寄った。もしもエンジェルがミオにまで手を出すなら、エンジェルと戦わなければならない。


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