第5話

 ヘヴン・クラウドで開催されるバトルリーグの対戦がはじまると、人々はそれに夢中になった。

 ひいきの闘技者ファイターに対しては、称賛と得点ルクスの献呈を惜しまないのが、観戦を愉しむ者たちの習いとなっていた。

 ユージはその日、武器戦闘ウェポンズリーグの決勝を戦っていた。



 ユージは霧の立ちこめる薄暗い森の中で、大木を背にして息を潜めていた。ダークブルーの戦闘服に身を包み、電磁ナイフを右手に、腰を落としている。

 濃密な森のにおい――濡れた苔と腐葉土、それから木々や葉のにおいが湿気とともに肺に入ってくる。リスや小鳥、あるいは得体の知れない獣の鳴き声が聴こえる。

 敵はいつどこから仕掛けてくるかわからない。樹上からか後ろからか、または正面からか。

 そのとき、ユージは空気の流れに乱れを感じた。――と同時に真上に跳躍し、木の幹を蹴って、枝の上に乗った。

 すると猛烈な音とともに、木の幹に大剣がめりこんだ。

 ユージの眼下には、両手で大剣を握る剣士がいた。決勝戦の相手であり、ライバルのブレイクだ。

 霧の中に短い金髪と銀色の鎖かたびらチェインメイルの輝きが見えた。大柄でハンサムなイギリス人といった印象で、がっしりとした顎に無精髭が彼らしかった。その笑顔に心を撃ち抜かれる女性ファンは数えきれないほどだった。

「あいかわらず、素早いねえ」

 とブレイクはつぶやき、足を幹にふんばって大剣を抜く。そこへユージは頭上から襲いかかると、空中で体をひねり、電磁ナイフで首筋を狙う。

 しかしブレイクは紙一重でかわし、大剣を旋回させて続けざまに斬りつけてくる。

 ユージは舌打ちをして距離をとる。



  *  *



 広く薄暗いシアタールームで、ユージはリクライニングチェアに座ってくつろいでいた。そこはブレイクが保有する非公開のプライベート・ヘヴンだった。斜めに向かい合った位置にブレイクもいた。

 床と天井は白く、周囲には霧の森での戦闘を映したディスプレイが二人を取り囲んでいた。

 ブレイクはグレープフルーツジュースが注がれたグラスを右手に持っていた。そこでふとユージを見て、

「まさかあそこから、おれが負けるとはねえ」

 ユージは答えた。

「あのとき、おまえの反応が以前より早くなっているように感じた。実際、あぶなかったよ」

「よく言うねえ。あれだけ翻弄してくれて」

「次は、わからないな。どっちが勝つか」

「まさしく。未来は運命の女神のみが知る、だ。それにしたって、ユージはさ」

「なんだ?」

「もう少し、観客を意識した方がいい」

「どういうことだ?」

「ユージなら、上級市民になれる」

「おれが?」

「そうだ。もっと、魅せる戦いをすれば、ファンが増えるぞ。そして、得点ルクスを効率よく集められる。そうすれば、主天使階層ドミニオンクラスまで行って、上級市民になれるぞ」

「それは、おれの仕事じゃない。まあ、おまえはうまくやっているけど」

「やりなよ。もっと服装とか派手にしてさ」

「タキシードでも着て戦えってか? ダンスにもならない」

「ん、悪くないね。それに戦闘も華やかに。もっと華麗に、わかりやすく」

「くだらない」

「だとしたらさ、ユージはいったい……」

「なんだ?」

「ユージは、なんのために戦っているんだ?」

「理由がいるのか?」

「ああ。浮気にだって理由がある。あるならあった方がいい」

「そうか。……おれは。生きる実感のために。そのために戦う。そんな気がする。得点ルクスが大事なことはわかる。ヘヴン・クラウドじゃ、それがなきゃ評価されない。チャンピオンになったって、そうだった」

「だろ?」

「でも、おれは、そんなものはどうでもいい。生きている、その実感が……」

「孤独だな」

「なんだって?」

「自分のための戦いってのは、孤独だろ?」

「わからない。おれには、妹が。……ミオがいる」

「ミオはゴーストだ」

 すると、ユージは自身の心臓や喉が熱くなるのを感じた。アドレナリンが血中を走る。鋭い眼差しで相手を見る。ブレイクは両手の平を顔前に広げて、

「おいユージ、殺気立つなよ。ここは戦場じゃないぜ」

「ああ。……わかってる。すまない」

「おれも悪かったよ。配慮がなかった」

「いや、いいんだ。でも、そうかもな」

「ん? なにが?」

「おれはたぶん、生きる実感を得るために、自分のために戦っているんだ」

「生きる実感か……。なんだろうなァ、生きるってのは」

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