第3話 追放魔術士と蜘蛛 後編
日が沈み始めた頃、蜘蛛退治の結果発表が行われた。各組の蜘蛛の討伐数が発表され、その数が最も多い者に優勝賞金が与えられる。
倒した蜘蛛のカウントは、蜻蛉型の映像撮影機でも確認しているため、集計に誤りはない――と、自信たっぷりに主催者側が言ってのけた。
「さぁて、追放者のお手並み拝見といこうか」
いつの間にか、レナードたちのすぐ近くにデイブとジェイクの二人が来ていた。相変わらず嫌みたっぷりなデイブは、体のあちらこちらが汚れている。頭にはべっとりと蜘蛛の巣が引っ掛かっていた。
何せよ、蜘蛛退治中にこの男と鉢合わせなかったのは、不幸中の幸いだったとレナードは考えた。もしかしたら、遭遇しないようジェイクが気を遣ってくれたのかもしれない。
主催者側が次々と、参加者たちの蜘蛛討伐数を読み上げて言った。
「デイブ・ジェイク組……三十六匹!」
デイブたちの成績が発表され、玄関ホールがざわついた。これまで発表された参加者たちの中でトップの討伐数だったからだ。
「ふん。なにせ俺は五つ星だからな」
そうふんぞり返るデイブ。そしてとうとう、最後の参加者の成績が発表されようとしていた。
「そして、アウローラ・レナード組……って、ええっ!?」
成績を読み上げていたアナウンスの男が驚き、言葉を詰まらせる。彼は慌てて、スタッフに確認を取っていた。
「これは何かの間違いでは……えっ?間違いじゃない。それどころか……って、ええ!?」
もたつく運営側にヤジが飛ぶ。
「おい!早く発表しろよ」
「何をもたついているんだ?」
それを聞いて、アナウンスの男が弁明の声を上げた。
「皆様、申し訳ありませんでした!ちょっと、驚いてしまいまして。では、発表します。アウローラ・レナード組の討伐数は―――三百七十七!!」
その場に大きなどよめきが起こった。二位のデイブたちを大きく突き放した討伐数、文字通り桁違いの成果に皆が驚愕する。一方、アウローラはさも当然というような顔をしていた。
それに異を唱えたのは、やはりと言うか、デイブである。
「嘘だ!そんなデタラメな成績があるわけないだろう!?」
しかし、アナウンスの男は首を左右に振った。
「信じられないでしょうが、本当です。しかも、これとは別にお二人は、無数の蜘蛛の卵を
「なっ……!?」
絶句するデイブをよそに、アナウンスの声が響き渡った。
「これは文句なし!圧倒的です!!優勝は――アウローラ・レナード組ぃ!!!」
「いやぁ、これは圧巻。すばらしい!!」
真っ先に賛辞を贈ったのは、この古城の主であるメグレー老人だった。そして彼に同調するように、周囲から拍手が巻き起こる。
レナードの過去の醜聞を吹き飛ばすほどの、圧倒的実力。それを同じ魔術士として、周りも認めざるを得なかったのだろう。
「おめでとう」
レナードがアウローラにそう言うと、
「何、他人事みたいに言っているの?私たち、二人の成果でしょう」
彼女はにんまりした。
「どうせあの魔女の成果だろうっ!」
「ちょっと、デイブ先輩。それはさすがに見苦しいッス……」
「うるさい!あんな追放者が、愚か者が……優勝などあり得ん!!」
皆が祝福ムードの中、デイブが苦し紛れにそんなことを言い出した。
この手の中傷は慣れてしまったレナードは、特に反応しない。無事、優勝賞金も手に入れられたことだし、それで良いと彼は思っていた。
良しとしなかったのは、アウローラの方だ。
「蜘蛛の巣を見つけたのは、紛れもなくレナードの成果よ。加えて、彼が囮役を務めてくれなかったら、こんなに蜘蛛を狩れなかったわ」
「囮役なんて誰でもできるさ!無能でもな!」
「そう?アンタが囮役なら、とっくに蜘蛛の餌食になっていそうだけれど?それとも、その丸い体で転がって逃げるのかしら」
「――っ!?」
周囲から失笑が起こり、デイブの顔が羞恥に染まる。
「俺をバカにするのか!?」
「喧嘩を吹っかけてきたのはそっちが先でしょう?いいわ、買うわよ。魔術士の決闘試合でもする?」
ジロリ――とアウローラがデイブを
「ただし、私は手加減が苦手なの。まぁ、決闘試合なんだから……問題ないわよね?」
「いや、それは……あの……」
言葉に込められたアウローラの本気を悟って、デイブは顔を青くし、たじたじとなった。五つ星の魔術士といえども、最強の魔女の相手をすればどうなるか……安易に想像できたのだろう。
結局、デイブは押し黙るしかなかった。
*
蜘蛛退治は一件落着。星金貨一千枚分の小切手を手にしたレナードたちは、古城を後にしようとしていた。その矢先――、
「ロイ!おぉい、ロイ!!」
焦ったジェイクの声が聞こえてきた。
「どうした?」
「レナード先輩。それが……ロイがいないっス!玄関ホールにずっといるよう言いつけてあったのに」
「なんだと?」
ジェイクの弟子であるロイが
蜘蛛退治をした後と言っても、まだどこかに蜘蛛が潜んでいる可能性のあるこの古城で、子供の行方が分からないのは不穏でしかなかった。
「子供だから、外へでも遊びに行ったんじゃないの?」
アウローラの指摘にジェイクは首を横に振る。
「あの子は生意気だけど、ああ見えて聞き分けの良い子で、ちゃんと言いつけは守るっス。だから、約束を破ってどこかに行ったとは考えにくくて……」
ジェイクの顔からみるみる血が引いていく。
「ああ、どうしよう。ロイに何かあったら、死んだ姉ちゃんに顔向けできない」
ロイはジェイクの実の甥だった。シングルマザーだった姉の忘れ形見を引き取り、ジェイクは弟子として面倒を見ているのである。
「落ち着け」
レナードはジェイクの両肩を
「お前が冷静にならなくてどうする?ロイの師匠だろう」
「レナード先輩……」
「とりあえず、運営側に連絡しろ。映像撮影の魔道具を確認するよう頼むんだ。何か手掛かりが映っているかもしれん。俺たちもあの子を探す。いいな?」
「あ、はいっ」
ジェイクが運営側に掛け合うと、事の重大さを察してくれたメグレー老人が手早く手配してくれた。撮影された映像にロイの姿がないか、調べるよう指示をする。また、玄関ホールにまだ残っていた魔術士たちもロイの捜索を手伝ってくれた。
魔術士は師弟関係を重要視する者が多い。中には、実子よりも血のつながらない弟子を大事にする魔術士もいるくらいだ。だからこそ、弟子の――しかもまだ子供だ――危機を捨て置けなかったのだろう。
皆がロイを探す中、レナードは考えていた。
ジェイクの言う通り、ロイは聞き分けの良い子供だった。それはレナードの酒場を幾度となく訪れた様子から分かっている。その子供が、危険に満ちた城で勝手な行動をとるとは考えにくい。
ふと、レナードは食堂の隠し通路のことを思い出した。気付いていないだけで、この古城にはまだあのような秘密の仕掛けがあるかもしれない。それはもちろん、この玄関ホールにも――。
レナードは魔術で、
「これは鐘の音……?」
それは城の入り口からホールに入ってすぐの右側の壁から聞こえてくる。しかし、どうしてそんな所から鐘の音が……そう思ったところで、レナードはハッとした。
「『警鐘』の魔術か!」
「何か分かったのね」
「ああ。あの辺りの壁を調べてくれ」
レナードとアウローラの二人は、鐘の音が聞こえてきた近くの石壁を調べ始める。すると、すぐにアウローラが何かに気付いた。
「これ、動くわ」
「何かの仕掛けかもしれない。慎重に押してくれ」
レナードが見守る中、アウローラが石壁の一か所を押し込む。すると、突然その壁がくるりと回転し、彼らは壁の裏側へ移動した。
壁の裏側には隠し部屋があった。その室内で鐘の音が響いている。
「ロイ!」
レナードは数匹の蜘蛛により部屋の隅に追いやれたロイを発見した。
「レナードおじさん!」
ロイが声を上げると同時に、アウローラの炎が蜘蛛だけを焼き払った。
*
「ほんっっっっっっとうに、お二人ともありがとうございましたっ!!」
ロイの無事が分かると、顔を涙と鼻水で濡らしながらジェイクが言った。
「ジェイク兄ちゃん、そんなに泣かないでよ……」
「ジェイク兄ちゃんじゃなくて、『先生』って呼べって言ってるだろう。でも、今はそんなこと、どうでもいいや。本当に良かった」
ジェイクに抱きしめられて、ロイは困惑したような、でも嬉しいような顔をしている。
事の経緯はこうだ。
魔術士たちが蜘蛛退治をしている間、ロイはジェイクに言われた通り、玄関ホールで大人しく待機していた。しかし、壁に寄りかかった瞬間、あの仕掛けが発動してしまったのだ。
隠し部屋に移動してしまったロイは、大声で助けを求めた。しかし、分厚い石の壁に阻まれて、彼の声は外へは届かない。それでより大きな音が出る警鐘の魔術を使い、外に知らせようとしたのだが……そうこうしているうちに土蜘蛛が現れたらしかった。
「警鐘の魔術を使っていなかったら、俺も気づけなかっただろう。ジェイク、お前の弟子は将来有望だ」
「うぅ、レナード先輩……」
「ほら。ジェイク兄ちゃん、ハンカチ。これで顔を拭いて」
ジェイクは差し出されたハンカチで、涙と鼻水をぬぐうと改まった様子でレナードを見た。
「俺、前言撤回するッス」
「前言?」
「レナード先輩はちっとも落ちぶれても、腐ってもいないッス。相変わらずかっこいい、俺の自慢の先輩だ」
「……それは買いかぶりすぎだ」
レナードが困り顔をすると、「あら、いいじゃない」とアウローラが言う。
「少なくとも、私が
そう話すと、見惚れそうな笑みを浮かべるのだった。
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