第2話 追放魔術士と蜘蛛 中編

 古城に入ると、確かに魔物の気配がした。それからもう一つ、レナードは気づく。蜻蛉とんぼに似た虫がそこらに飛んでいるのだ。

「なに、コレ。うっとおしいわね」

 アウローラが眉をひそめる。

 よくよく見れば、その虫の体は石で、その大きな目玉は水晶でできていた。

「映像撮影用の魔道具だな。遠隔地から現場の映像を撮影し、見ることができるんだ」

「フン。私たちを見世物にしているっていうわけね。どうりで羽振りが良いわけだわ」

 アウローラは不快そうに言うが、こういったことは珍しくはない。魔術士と魔物の決闘の観戦は、昔から人気の大衆娯楽の一つだった。

 最近ではこうやって、小型の映像撮影機で撮った現地の映像をリアルタイムで送り、客が安全な場所から見学する――というスタイルも増えてきている。たいていは、巨大な水瓶に貼られた水面に映像を映し出し、それを見て客が楽しむのだ。


 ぞろりと参加者の魔術士たちが古城の玄関ホールに集まった。その数は、二十組を超えている。

「長らくお待たせしました!それでは蜘蛛退治を開始しますっ!!」

 ショーの開始を告げるように、主催者側のアナウンスが響く。すると、一斉に魔術士たちは城のあちこちに散らばって行った。

 そんな競争相手を見送りつつ、レナードは己の聴覚の感度を魔術で上げた。研ぎ澄まされた感覚で辺りを探ると、人の声や足音に紛れて、カサカサと何かがうごめく音を感知する。

「あちらに獲物が多そうだ。俺たちも行こう」

 レナードは腰の下げた魔法剣の具合を確かめながら、アウローラに言う。彼が指したのは、食堂へと続く石造りの廊下だった。


 蜘蛛の巣だらけの廊下を少し奥へ進んだところで、すぐに獲物は見つかった。体長七十センチを超える大きな蜘蛛が廊下のあちらこちらに散らばっている。その蜘蛛に向かって術式を放とうとするアウローラを、レナードは押しとどめた。

「どうして?」

「獲物を集めてくるから、一網打尽にしてくれ」

「なるほど。そういうことね」

 レナードは駆け出し、蜘蛛たちの前に躍り出る。突然現れた侵入者に、蜘蛛はギチギチと鋏角を鳴らして威嚇した。しかし、レナードは攻撃せず、まるで挑発するような動きをみせた。すると、どんどん蜘蛛が彼の方に集まって来る。

 蜘蛛たちは怒り、こちらに向けて糸を吐き出してきたが、レナードはそれも上手く回避してみせた。邪魔な蜘蛛の巣は剣で斬り払うが、蜘蛛自体に攻撃はしない。

 やがて、レナードを狙う蜘蛛が十数匹まで増えたところで、彼はアウローラの方へ向かって走り出す。さんざん挑発されて怒った蜘蛛たちは、そのまま彼の背を追いかけた。

 レナードはアウローラの傍らを走り抜ける。そして、アウローラの正面に蜘蛛の集団が現れた――その瞬間、


 ごうっ!

 石畳の廊下を紅蓮の炎が舐めた。それは瞬く間に蜘蛛の集団を呑み込む。そのまま蜘蛛たちは、為すすべもなく燃やされたのだった。


「無詠唱魔術でこの威力か」

 アウローラが創り出した魔力の炎を見ながら、レナードは感心してつぶやく。

 現代魔術は大きく二つに分けられる。神秘アルカ文字で呪文を書く記述魔術と、呪文を口頭でつむぐ詠唱魔術だ。最近では、もっぱら後者が重要視される風潮にある。

 一方、呪文を書くことも詠唱することも必要ない無詠唱魔術というのも存在していた。しかし、これは発動が大変難しく、扱える者はほとんどいない。また、魔法の威力も記述魔術や詠唱魔術に比べて格段に落ちることが知られていた。

 レナード自身も、本当に簡単シンプルで原始的な魔法しか、無詠唱で発動できない。目の前のアウローラのように、蜘蛛の集団を一網打尽にするほどの炎など創り出せるわけはなかった。

 おそらく魔力への親和性と魔力保有量が人並外れて高いアウローラだからこそせる技なのだろう。これだけで、彼女が『七つ星』だということが実感できた。


 さて、その後もレナードは、彼が蜘蛛をおびき寄せてアウローラが一網打尽にする――ということを繰り返していった。レナード自身は単なるおとり役だが、これが一番効率良いやり方なのだ。

 他の魔術士たちが蜘蛛の糸で体の自由を奪われたり、毒にやられたりして難儀なんぎしている中、レナード・アウローラ組は着実に討伐数を増やし、スコアを稼いでいく。

 やがて、辺りに蜘蛛が一匹も見当たらなくなって、アウローラが口を開いた。

「もう打ち止めかしら」

「少し気になることがあるんだが」

 何かしら――とアウローラは目でレナードに問う。彼は焼き焦げた蜘蛛の死体を指さしながら言った。

「ここの蜘蛛は土蜘蛛という種類の魔物だ。頭に角があるだろう?それが特徴だ。そして、土蜘蛛の成体は二メートルを超える。つまり、今まで倒した土蜘蛛は全てまだ幼体なんだ」

「なるほど……どこかに巣があって、親がいるということかしら」

「そういうことになる」

「巣はどこにあると思う?」

「自然下では、土蜘蛛の女王は地下に穴を掘って、そこに無数の卵を産み付ける」

「なるほど、地下ね」

 そう言って、アウローラは自らの手に魔力を集中させた。それに気づいたレナードが慌てて止める。

「まさか、床に大穴を開けるつもりか?」

「手っ取り早くていいでしょう?」

「城を壊せば、さすがにメグレー卿から苦情が入ると思うぞ。最悪、失格扱いになり骨折り損のくたびれ儲けになる」

「タダ働きは嫌だわ」

 レナードの言葉を聞いて、アウローラはあっさりと引き下がる。レナードはホッと胸を撫でおろしつつ、こう言った。

「きっとどこかに地下へつながる抜け穴があるはずだ。それを探そう」



 二人がやって来たのは食堂だった。広い空間に、朽ちた長テーブルと椅子が並んでいる。そこで、レナードは石の壁に飾られたレリーフに気が付いた。ほこりを被っていたそれを、彼は服でぬぐう。

 レリーフに描かれていたのは太陽のマーク、六つの鳥かご、そして三羽の鳥だった。鳥は六つの鳥かごの半分にそれぞれ収まっている。

「何か見つけたの?」

「謎かけみたいだな」

 レナードはしばらく食堂を観察する。すると、向かい側の壁にある六つの穴に目を止めた。ちょうど、燭台でも置けば良さそうなサイズである。それを見て、彼はふと思いついた。

「――光輝く小鳥よ、暗きを照らせ――灯り《ライティング》」

 レナードの周りに三つの光が生まれた。それらは小鳥の形をして、悠々と宙を舞う。そして、レナードはレリーフの鳥かごの配置に合うように、壁の穴に光る小鳥をとまらせた。すると――、


 ゴゴゴゴゴ……

 重そうな音を立てて、食堂の床の一部が動いた。ぽっかりと開いた穴――その中に、地下へと続く階段が見える。


「よく分かったわね」

 アウローラが驚いて言った。

「二百年ほど前に流行った仕掛けだそうだ。この城が建てられた頃とも一致するから、もしかして――と思ってな」

「どうして、そんなことまで知っているの?」

「俺は君みたいな圧倒的な力があるわけじゃない。こういう知識の積み重ねのおかげで、今までやってこれたんだ」

「……私じゃ、見つけられなかったわ」

「お役に立てたのなら光栄だ。先を急ごう」


 階段の先は巨大な地下空間になっていた。魔法の光で照らされた先に見えるのは、むき出しの土壁と、そこにびっしりと張り付いた蜘蛛の巣、そして――

「卵だな」

 レナードは自分たちの予想が正しかったと確信した。

 辺り一面の壁には、ほとんど隙間なく土蜘蛛の卵が産みつけられていた。その数は数百……いや、千を超えるかもしれない。これらが全て孵化することを想像するとゾッとする。

「手早くやるわ」

 そう言って、アウローラは炎で土蜘蛛の卵を焼いていった。淡々と作業をこなす彼女のかたわらで、レナードは辺りを警戒する。卵があるのならば、もちろんソレを生んだ親が近くにいるはずだからだ。

「アウローラ!左だっ!!」

 レナードが叫んだ。

 彼らの左手に、五メートルほどもありそうな巨大蜘蛛が現れ、こちらに向けて突進してくるのが見えた。おそらくアレが蜘蛛の女王。自分の産んだ卵を焼かれて、怒り心頭といった様子だろう。

 レナードは魔法剣を抜き放った。いくらアウローラの炎でもあの蜘蛛の巨体を一度に焼き尽くすのは困難――そう考えて、自身も術式を構築しようとする。しかしすぐに、それは杞憂きゆうだと彼は思い知らされることになった。

 

「――紅蓮の炎よ、我が敵を焼き払え――地獄のヘル・ファイア

 アウローラの朗々とした声が聞こえたかと思うと、もはや天災と言えるような炎の渦が巻き起こり、あっさりと女王蜘蛛の巨体を呑み込んだ。苦痛の断末魔が地下の空間に響き渡る

 あっけにとられつつ、レナードはその様子を見入った。

「人の力でこれほどの魔術をつくり出せるとは」

 なるほど、アウローラはまさしく『最強』にふさわしい魔女だった。


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