仕事中毒大公閣下のお飾り婚約者は冒険者志望でした

聖ノイエ・ファルカス王国大公、ディリシア・コルネウス・ファルは先日極秘裏に婚約者を迎えた。

婚約者は王族の親戚筋……それこそ数代前に王家から新規に家を興した一族から降嫁した先の家門の直系まで調べ上げられ、その白羽の矢が立ったのが伯爵家の次女である。

名をラヴラティカ・ティスルー。

齢9歳の、氷山の様な蒼銀の髪と瞳を持つ少女だった。

その少女は王家より打診があった翌日に、32歳の大公閣下に人目を忍ぶように、真夜中の婚約式をあげた。


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「私は貴方を愛することはないだろう。だが貴方を婚約者として迎え入れた以上、貴方に関する不自由は一切させないと誓うし、毎月の品質維持費は好きに使ってくれて構わない。何に使ったかは報告もしなくていい。社交界や貴族間の集まりにもでなくていい」


君専用の別邸を作らせたので日々の生活は好きにするように。


という言葉を残してディリシア大公閣下は私の目の前から去っていった。

先ほどの言葉の通りであれば、幼女趣味というわけでもなさそうだし、打診内容から体裁だけの……つまり、お飾りの婚約者という事で問題はないのだろう。

何せ、条件が【婚約者候補のいない低学年養育学校プライマリの卒業間近である少女】というだけだったのだから。


ディリシア大公閣下は大層なお仕事大好き人間ワーカホリックであり、仕事を優先するあまり32歳にもなって浮いた話の一つもないどころか、見合いの打診も全て断り続けていると聞く。

それを憂いた現国王……、ディリシア大公閣下の従兄であらせられるソルフィエージュ聖ノイエ・ファルカス聖王は「仕事を取り上げられたくなかったら一ヶ月以内に婚約するように」という脅しをかけた。

それにまんまと嵌るあたり、本物の仕事中毒者ワーカホリックなのだろう。


で。

婚約機関を長めにとれる低学年養育学校プライマリに通い、卒業確定の親戚筋の子女、できればあまり目立たない子という感じで探していたらしい。

まぁ、それに関しては私はうってつけだったのだろう。


それは私にとっても渡りに船だった。

先ほどの言葉通りであれば、月々のお小遣いで何を買ってもいいし、メンドクサイ社交界にも出なくていい。

好きにしていいという事だ。

よろしい、ならば好きにさせてもらおうか。

私はまだ9歳ではあるが、来年低学年養育学校プライマリを卒業したらやりたいことがあった。

それは冒険者になる事だった。

低学年養育学校プライマリの課外授業で近くの森に冒険者同伴で二泊ほどしたとき、運悪く森の最奥にしかいない魔猪系の特殊固体に遭遇した。

子供の、しかも安全確認されている区域でのお守り冒険者では歯が立たない魔物であるのは当たり前で、誰しも死を覚悟した。

だが、私の横にいたメイド服を着た女性冒険者は違った。

彼女は腰に下げた剣ではなく、いつの間にか手に持った恐ろしいほどに美しい弓を番えると、何事もなかったように特殊固体の魔猪系魔物の額を貫いた。


「え?」


その場にいた全員が、このあっけない幕引きを想像しただろうか。


「変な色の猪でしたね、漣君」

「そうだね。でも大きいから全員分賄えそうだね」

「私豚丼がいいです。甘辛系の」

「了解」


いつの間にか傍にいた、ディリシア大公と同じくらいの男性とのんびりと会話している様は異様だったが、とりあえず私たちは生き延びたことを喜んだ。

その後、特殊固体の魔猪はあっという間に解体され、その日の夕飯になった。


あの人達の様な冒険者に私はなりたいと思った。

どんな魔物にであっても、自然体で対処できるような冒険者に……。



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ディリシア大公閣下と婚約してから三年。

私の生活はすっかり伯爵家で過ごしていた頃より変わってしまった。


「ティカ様。本日はどこへ?」

「そろそろ肉が不足気味だったでしょう?王国北西部にある肉ダンジョンLV3へ行こうと思うの」

「いいですね。LV3というと肉/野菜/果物でしたっけ」

「ええ。狙ったものがドロップしなくても、食料保管庫パントリーは潤うわよね」

「はい。では馬車をご用意しますね」

「お願いね」


私は低学年養育学校プライマリを卒業すると、真っ先に冒険者見習いの為の講座を受けに行った。

12歳にならないと冒険者登録は出来ないが、見習いとしてなら登録はできるし、座学や実技の講習も受ける事は可能だった。

どうせやることもなく別邸にいるだけなら、時間を有意義に使わないと勿体ない。

それに、この見習い期間中に実績を上げれば本登録した際にFから始まる冒険者ランクに+が着くのだ。

12歳になった私は数々の実績を積みあげまくり、本登録の時点でBランクという前代未聞の記録をたたき出した。

これもひとえに、あの時の冒険者様方を探し出して頼み込み、弟子にしてもらい、時には経営する雑貨店での丁稚や、山の中にポツンとある一軒屋で妖精たちと共に解体作業をしたり、畑仕事や工作、家事等を仕込んでもらったからだと思っている。

なにせ、師匠たちの家に行くだけでも広大で危険な森を一人で進んでいかなくてはならないのだから。


「ティカ様。馬車のご用意が済みました。いつもの遠征支度は馬車に積んであります」

「ありがとう、ティスポーン」

「では参りましょうか」

「ええ」


私専属メイドのティスポーンは師匠たちからの贈り物だった。

正式名称はT-S-Pawn。歩兵という意味らしい。

10歳の時に一人で特殊固体を斃したお祝いにと、共に冒険に出られるものがいいと頂いたのだ。

それ以来、ずっと一緒にいろんな場所へいき、サポートしてくれている。

1年前、世界に散らばっている肉ダンジョンのダンジョンコアに一撃いれればドロップテーブルが替わり、今はこんな感じですと教えてくれたのも彼女だ。

以来、私が住む別邸の食料保管庫パントリーは見たことがない食料が常にある。

一度、楽しすぎて食料保管庫パントリーから溢れ、本邸にいる大公閣下におすそ分けしたところ、血相変えてやって来た時は面白かった。


お飾りかつ自分の為に利用していた伯爵家の次女が冒険者になって国内のダンジョンを踏破している、だなんて初耳だったらしい。

一応、臣下から報告書は上がっていたようだが、仕事ではない書類なのでずっと……3年前から後回しにされ続けていたようだ。


「死んだらどうするのですか!」と言われたので「うるせぇ黙れ」とばかりに師匠宅の家政婦妖精シルキーリーンと共に作った肉ダンジョン産の果物で作ったフルーツタルトを口に突っ込んだら大人しくなったので良かった。


「さぁ!今回も魔法鞄マジックバッグ5つ分いっぱいにして帰ってくるわよ!」

「ティカお嬢様。私予備の魔法鞄マジックバッグ3つ持って来てますので!」

「でかしたわ!ティスポーン」


目指すは師匠たちの様なSランク冒険者!

あらゆる脅威を温いと笑い、全てを片手間で打ち滅ぼしたいのです!




終わり





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小噺まとめ 葎璃蓮 @cyowa-rin

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