婚約破棄された地味令嬢は希少魔法薬草の栽培師でした。
私の名はアデルミナ。
つい先ほどまでその後に【ラルバーシュカ伯爵家】が入っていた。
そう、つい先ほどまでは私は伯爵令嬢だったのだ。
その理由としては、そのちょっと前にこの国の第二王子に婚約破棄を言い渡されたからだろう。
所謂真実の愛だのなんだのという訳ではなく、ただ単に私の見た目の問題だった。
「お前の様な枯れかけた草色の髪で地味で美しくもなく、覇気もない草弄りしか能がない女は駄目だ」
というのが理由らしい。
たしかに、自分でも派手さも美しさも覇気もない草弄りしか能がない女だな、と頷いてしまった。
私は草むらかと思うほどもっさりした、枯れかけた草色のくせっけを雑に三つ編みにしているだけだし、顔の半分を覆うメガネをかけ、ドレスだって流行おくれのもので済ませている。
この第二王子、見る目だけは確かだな。
という訳で、第二王子の独断と先行、意思決定により、婚約を破棄されてしまったのだ。
まぁ、秘密裏に婚約状態になってから1ヶ月というスピードだ。
なぁなぁになるよりいいんじゃないですかね?と第二王子の意思を尊重し、婚約破棄の書類にサインをした。
その後、全てを聞いた父親は激怒し、私から家の名を取り上げて追い出したというわけだ。
まぁ、かなり無理やり強引にねじ込んだ婚姻関係だったから、私も乗り気ではなかったんだけど、叱責はされども家の名を取り上げられるとは思わなかった。
とりあえず、二時間の猶予を貰い、部屋にあるものであればなんでも持っていけという温情までいただいたので、その通りにして約30分で家をでた。
何故そんなに早く?と思われるかもしれないが、普段から物が少ないのと、【
視線指定で放り込みたいものを放り込めるお陰で、ベッドからクローゼットから、部屋で自炊するためにひっそり用意してもらった魔導コンロから、何から何まで全部まるっと【
まぁドレスはいとこのお下がりの流行おくれが何十着もあるので、お気に入り以外を売ればいくばくかにはなるだろう。
手持ちの小さな鞄のみで家を出て行ったのを見かけた門番が、ちょっと心配そうにこちらを見たが、お忍びよ、とでもいう様に口に指をあてれば、理解したのか頷いて通してくれた。
さて、どこに行こうかしら。
貴族らしくはないと自覚廃しているのだけれど、市井に行くにしても他に行くにしても、あそこに相談してからにしよう、と思った。
私が足を向けた先は、この国の商業ギルド本部にある錬金術・魔道具・魔法薬専門の総合部署。
とりあえず、そこで私の担当職員であるラジス・クレイルを呼んでもらった。
「あれ?お嬢様、どうしました?魔法薬草の納品って昨日してくれたばかりですよね?」
こげ茶色の髪を肩まで伸ばしたワンレンに琥珀に見える薄茶の瞳の職員さんだ。
童顔ゆえに20歳にしか見えないが、これでも32歳というベテランで、遠い先祖にエルフがいたから成長が遅いんですよ!とは本人の弁だ。
「ええと、ラジスさん。ちょっとワケアリになってしまいまして……」
ちょっと困ったように小首をかしげて言えば、ラジスさんは頷いて商談用の個室に案内してこれた。
とりあえず、貴族の令嬢がギルド職員とはいえ男性と二人で居るのは外聞が悪いので、いつも付き合ってくれている受付女子職員のギジェルミナさんが参加してくれた。
ギジェルミナさん……ルミさんはホビット家系なので背が低くて少女ようだけれど、成人している。
このギルドの職員の中でも中堅の受付さんだ。
「ちょうどお昼休憩だったので、お弁当食べてるけどいいかしら?」
「いいよ。いてくれるだけでありがたい」
「そうね。私も実はお弁当を買ってきたのよ。ラジスさんの分もあるからどうぞ」
と、【
ついでにティーセットと飲み物も。
「えー!美味しそう!お嬢様、一つだけ、だめ?」
「ふふふ。ルミさんもどうぞ。それにね、もう伯爵家のお嬢様じゃなくなったのよ」
「「……は?」」
ホットサンドを一つつまみながらそういえば、ラジスさんとルミさんは目を丸くしてこちらを見た。
「私、秘密裏に第二王子の婚約者になっていたんだけれど、このナリでしょう?午前中に破棄されたのよ。で、お父様が怒って私と縁を切って勘当されたのね。それでこれからどうしようかな、と。他の地域に行くにもこことの取引もあるでしょう?」
どうしましょうね?とホットサンドももぐもぐしながら聞いてみた。
「はぁぁぁぁぁぁ!?第二王子何考えてるの?バカなの?バカじゃなかったらお嬢様と婚約出来たことを泣いて喜んで神に五体投地で感謝して毎日祈りをささげるはずですよ?」
「え……?」
「アホですね、その第二王子。解りました、我等錬金術・魔道具・魔法薬ギルド一同は金輪際第二王子への支持は致しません」
「えええ?」
二人とも何を言っているのか。
「二人とも、落ち着いてくださいな。私は地味で美しくもなく、覇気もない、草しか育てられない女ですよ?婚約破棄は時間の問題だったと思いますが……」
そんなに過大評価されるいわれはないはず?
「てか、草弄りしか能がないって、何さまですか!クソ王子め。そのお前が見下してる草で先の疫病が大事にならなかったし、
「そうですよ!目が腐ってますね。王族とは思えませんよ!自分の婚約者がどんな理由で婚約者になったかとか、聞かなかったんですかね!?」
二人とも、怒りながらホットサンドを食べている。
まぁ確かに。趣味はなんだとか聞かれたときに、栽培を少々、とは言ってあった。
だって、私が育てている草は実は古代種の改良種で、魔力を注げば注ぐだけいい品質の魔法薬草が出来る、私にしか育てられない唯一無二の魔法薬草だ。
国王様や錬金術・魔道具・魔法薬ギルドのマスターの両方から、決して口外してはならないとも言われていた。
なので、濁す言い方になってしまったのだけれど……。
本当に文字通り、草弄り程度にしか思われてなかったのですね……。
「お嬢様の髪だって、少しくらいよく見れば髪自体に魔力が沢山貯め込まれて、溢れ出てる分が金色になってるって解るはずなのに……」
「枯れかけた草色の髪とおっしゃられてたわ。確かに毛先が金色がかっているので、枯れかけた草色に見えるんでしょうねぇ」
どうにも私の魔力量と循環率は人よりも大きい様で、髪に貯め込んだり空魔石に移したりしてるのに、追っつかなくて放電よろしく、垂れ流し状態なのよね。
なので、毛先が魔力の色である金色になってしまう。
でも、枯れかけた草色とは言いえて妙で、笑ってしまいそう。
「そもそも。アルデミナお嬢様は【金の魔力】を持つ、魔力もちの中では希少種なのに……。お父上は知ってるはずなんですけれどね?」
「まあ、私をダシにして王家とつながりを持ちたくて、珍種の私を捧げたようなものでしたから、その役目すらできなかったから勘当されたんですよ」
今頃はもう貴族家系図から抹消されてるはず。
お父様、激情に駆られるとその辺の行動は早いので。
「なのでもう、お嬢様ではなく、アデルミナと呼んでくださいな。アディとでも」
「ううう、悔しいなぁ。アディは国王様にも褒められるほどの偉業をなしたっていうのに」
「こればかりは貴族社会の闇だと思って片付けましょ。ところで、私子後どうすればいいと思う?魔法薬草の納品の件も含めて」
ラジスさんとルミさんにそう聞くと、ラジスさんはギルマスに相談してもいいかと聞いてきた。
「他言無用の契約をして頂ければ」
「その辺はしてくれるかな。何せ、魔法薬草が納品されるようになって一番喜んで感謝して五体投地してた人なんで」
どいう人ですか、それ……。
それからすぐに、錬金術・魔道具・魔法薬ギルドのマスターであり、この国最高峰の魔術師が集う魔塔の大魔導士様であるオラシオン・イグニゴッド様がやってきました。
なんでそんな上の人がギルマスに?と聞くと母方の叔父で魔塔の管理職だったギルドマスターが引退後、知識もあって魔法薬草をきちんと扱える人がこの人しかいなかった、とのこと。
あとこの方、この国の第一王子だった。
イグニゴットは母親の実家の姓で、使い分けているそうな。
自分に魔導の才が出たため、それを追求するために弟に王位をと思ってたのだが、私の話を聞いて大激怒。
その直後、国王様の私室に殴りこんで弟の失態の責任追及をしたところ、国王様は寝耳に水状態で、目を白黒させていた。
すぐさま第二王子を呼び出して真実しか話せない魔法をかけた所、地味女は嫌だのもっと美人がいいだの、令嬢が草弄りとかありえないだの、愚痴のオンパレード。
その後、別の美しい令嬢と懇意になっているからそちらを嫁に迎えたい、と言って来たそうな。
これには国王様もオラシオン様もかなりお怒りになり、第二王子の顔面にダブルパンチを炸裂させた。
何それちょっと見たかった。
疲れ切って帰ってきたオラシオン様より、あのバカが済まない、と頭を下げられた。
別にこの方が謝ることはないのですが、謝罪を受け止め、今後の話を進めさせてもらった。
「父より正式に君に対して子爵位を与えることになった」
「は?」
「それと、王都より少し外れて城下町の一角にある貴族街に、内庭のある屋敷を賜った」
「え?」
「出来ればそこで魔法薬草を栽培し、国に貢献して欲しいと言っているが、どうする?もう少しごねれば伯爵位まで行けそうだぞ?」
いやいやいやいや。
草育ててるだけで爵位とかどうなんですかね?
「それよりも高い地位を望むのなら俺との婚姻などどうだ?俺は第一王子で魔塔の長をやっているから、大公位を持っているんだ。誰にも邪魔されず好きなだけ色んな種類の薬草や珍しい植物を育てられるぞ?」
「誰にも邪魔されず……?」
「ああ」
「魔法薬草以外の薬草や珍しい植物も……?」
「望むのなら他国の果樹やスパイスなどの種も取り寄せるぞ……?人手も魔塔から派遣しよう」
「果樹……スパイス……人手……」
ああ。くらくらしてしまう。
何という魅惑のお言葉!
正直爵位はどうだっていいのですが、魔法薬草は私しか育てられない品種なのだけれど、他の植物は育ててみたい。
スパイスがあればカレーが出来るって、初代召喚勇者様のレシピ本にも書いてありましたし……。
「あと王族及び魔塔の長特典として、魔法薬草を育ててくれている限り、限定図書館への出入り許可証も発行できる。貸出しや写し書きが出来ないものが多いが、それでもその優秀な頭には記憶できるだろう?」
「あああああ……」
カレーは一度、お父様に異国のパーティに連れてってもらって食べた切りなのです。
あれはまさに、至高の逸品でした。
それに、スパイスの中には薬になるものが多く、いわばカレーは薬膳完全食と言っても過言ではありません。
「歴代の召喚勇者が教えてくれたレシピ集等もあるぞ」
「ギルマスギルマス。自分を安売りしてアディを嫁に迎えようとせんで下さい。たしかにギルマスならアディに相応しくありますが」
「そうですよ~。まだ17歳のお嬢様ですよ?まずは婚姻からのデートでしょう?」
ラジスさんとルミさんの言葉に、オラシオン様は「それもそうだな」と頷いてくれました。
いけないいけない。特典の方に誘惑されてしまった。
「ではデートを重ねようか、アデルミナ嬢。それから私と婚姻を結ぶかどうか判断してもらえればいいし、その間……いや、婚姻せずとも今後の君の後見人として名を出そう。子爵位を貰った独身女性は何かと危ないからね。私の屋敷の使用人や管理人、私兵も出そう」
ひえ。
至れり尽くせりですよ、これ。
草育ててるだけなのに!
その後、なし崩し的にお付き合いが始まり、すっかりオラシオン様になついた頃、第二王子より正式に謝罪を受け取った。
父親と兄から直接、私がいかにこの国で重要かを利かされた挙句、今後手出し無用、という厳命も受けたと。
それは私を勘当した元父親にもそうで、私を放逐した罪として下爵、家は私と同じ子爵になったとのこと。今後手出し無用までついて。
まぁあの家には幼い双子の弟と妹もいるので安泰でしょう、うん。
「さて、我が愛しの
「シオン様、その言い方辞めて下さいってば」
「ははは。解ったよ、アディ」
今日は私とシオン様の婚約発表パーティだ。
未だあの希少種な魔法薬草の栽培をしていることは極秘扱いだが、それでもいいと思っている。
地味な眼鏡……といっても魔道具で薬草調合の際の補助をしてくれるものだったけれど、それを外してお化粧もした。
素顔の私を見た瞬間の何とも言えないシオン様の顔が忘れられない。
シオン様曰く、眼鏡をはずしたら美人であることは観察していて気づいていたけれど、実際に眼鏡を外されるとなんだか解釈違いのような気持になる、と。
なんですかね、それ。
そんなかんじで、私のこれからはまだまだ続ける事が出来そうだ。
有難い事この上ない。
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