もういいのではないかしら

「……よって、アルカ・エル・バーグバッハは隣国におわす黒龍への生贄として本日この場より出立するべし!」


 とか言われたので大人しく頭を下げてその場を辞した。

 本来であれば私とこの国の第3王子との婚約発表の場だったのですが、2年ほど前より女癖が酷くなったあの方は、真実の愛とやらを複数人見つけてご満悦顔でそう告げたのです。

 第3王子の後ろには少なくとも3人の女性が。

 そのうちの1人が私の妹だったので、よくある王命の『○○家と婚姻せよ』はクリアしていることになるのですね。

 うーん、でもこのことは王様は知ってらっしゃるのでしょうか?

 以前、私とお話した時に幾重にもこの国を頼むと言われてましたけれど、それも無理でしょうね。

 王様と私の間での契約不履行となるのでしょうけど、それはそれでご自分の息子さんの躾が出来なかった、というミスなので私の責任ではないのです。

 さようなら、祖国だった国。

 さようなら、家族だった方々。


 もともと国にも家族にも愛着はありませんでしたから、気は楽ですね。




「で、来ちゃったのかー」

「はい、参りました」

「うーん……」


 どうしたもんかなぁ?と考える身の丈30m超えの黒い巨体は考え込んでいた。

 はい、この方が隣国の黒龍様です。


「別に生贄とか要らないし、こっそり路銀を渡して他の国に逃がしてるんだけどなぁ」

「そうでしたね」

「ちゃんと声明文も出したんだけど、人間って理解力ないの?」

「あるとは思いますが、そこはそれ。押すなよ!絶対に押すなよ!という心理かと」

「まじかー!フラグじゃねーんだわ!」


 あああ、と巨体がごろんごろんしております。

 いかに1000年生きた竜王の1匹とはいえ、性格は穏やかですし話しやすい方ですのに。

 何故皆様は黒龍様を恐れているのでしょうか?


「そういやお前、だっけ?」

「そうですね、3回目かと。以前は100年前でしたね。やはり聖女としてここに……」

「結構短いな。お前の輪廻転生のシステムどうなってんの?」

「さぁ?私の神はアルブアルート様ですので……」

「あー、あの思いつきで色々いじっては結果を生かさないやつか〜」

「ですねぇ」

「逃がした後、どうなったの?」

「1度目は逃亡中、麓の村まで行ったら黒龍様の所から来た厄災とか言われて殴殺されました」

「お、おう……」

「2回目は盗賊に捕まって身ぐるみ剥がされたあと、娼館に行ったのですが変な趣味の貴族様になぶり殺されましたね」

「え、ええ……。ほんとお前の人生どうなってんの??」

「さぁ……?」


 私は私の神様のちょっとした実験で、何度も悲運の聖女として生まれ変わることを義務付けられている。

 そして、その最終的な行き先がこの黒龍様の所なのだ。

 もしかしたら覚えてないだけで、もう数回は来ているかもしれない。


「どうしましょう。また路銀をいただければ今度は別方向に逃げて見ようかと思いますが……」

「それもなんか後味悪い死に方するんでしょ〜?やだよもう」


 どったんばったん大騒ぎです。

 この黒龍様、自分からは1度も生贄だの金銭だの要求をしてないんですよね。

 というか、黒龍様の敷地内に勝手に国を作って、ご機嫌伺いのために生贄だのなんだの持ってきてるのは人間の方でして……。

 その事をちゃんと王様に説明し、私が転生者であることも神様によって証明されたというのに。

 だからこそ、私を神の巫女としての聖女認定して黒龍様へ配慮もしたのに。

 ほんとあの王子と妹は何を聞いていたのでしょうか?


「仕方ない、責任とるかー」

「はあ、すみません」

「もしかしたら他に逃がした娘も途中で死んでると思うとなー。それなら手元に置いた方がいいのかなって」

「そうですね。私も1度くらいは老衰で死にたいです」

「……うん」


 かくて、私は王様にお手紙を書きました。

 黒龍様の嫁になりましたので、今後私が死ぬまでは生贄は要らない、と。

 あと、黒龍様の庇護下に入った時点で200年の寿命が得られるのでその間は不干渉であることを約束して。


 まぁもういいんじゃないですかね、と笑って言えるくらいの人生を、過ごそうかと思います。

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