紙ひこうきと放物線〜もし世代最高峰のホームランアーチストが"非"強豪校に入学したら〜

第23話 九回表

　ここまでの射水のピッチングは上出来だった。出来過ぎだったとすら言っていい。

　強打の水見打線を相手に、何度もピンチを迎えながらも、八回を投げ切って２失点。

　ただ、それなり以上にヒットを打たれ、球数もかさみ、なにより下位も含めて気を抜ける打者がほとんどいなかったことにより、射水の疲労はこの九回でピークに達しようとしていた。

　まず、先頭の一番打者、中根を四球で歩かせてしまう。

　初球に速球が高めに抜けた時点でやや様子がおかしかった。どうにも球の抑えが効かなくってきているらしく、なんとか２ストライクまでは奪ったものの、最後はフォークを引っかけフォアボールに。

　続く二番の橋本は初球、まさかのバントを仕掛けてきた。

　橋本がバントをするのは今大会初、というか、下手をすれば九番の投手以外全員、バントをするのは初めてじゃないだろうか。

　バントをするような、１点を争うような試合展開が今までなかったというだけかもしれないが、中軸の三、四番と比べても遜色ない打撃成績を挙げている橋本にわざわざバントをさせてきた。

　向こうもなんとしても１点が欲しいということだろうし、逆に言えば１点あれば勝てると、そう考えているということだろう。九回は深海が投げるのだから、そう考えるのも不思議ではない。

　こちらとしては当然、１点もやりたくないわけで、続く三番の安福が手を出した初球が、ショート直撃のライナーになったのは幸運だった。

　もっともその打球スピードは強烈なもので、打球がその位置に飛んでくれた幸運と、その打球を取りこぼさなかった朝日には感謝するしかない。

　結果的に２アウトまで漕ぎ着けたわけで、二番の橋本がバントをしてアウトをくれたのは、射水のスタミナが切れかけている今はむしろありがたかったかもしれない。

　なんて、そんな考えはあまりに甘かった。

　審判が掲げた右腕をぐるぐると回す。

　四番の敦賀に、初球の速球をスタンドまで運ばれた。

　決して悪い球ではなかった。コースは外角低めギリギリで、球威もこの回に限れば一番良かった。

　それを、スタンドまで運ばれた。

　射水が打球の突き刺さったレフトスタンドを見つめたまま動かない。

　だが俺もホームランの衝撃に頭を支配され、射水へと声をかけにいくことができなかった。

『投手の交代をお知らせ致します』

　そんな呆けた意識を、ウグイス嬢のアナウンスが引き戻す。

　柏崎がマウンドに向かっていた。俺も急いで射水の元へと向かう。

「柏崎……」

「交代、です。射水先輩」

　振り向く射水に対して、言いにくそうにしながらもはっきりと口にし、グラブを差し出す。

「……うん、分かってる」

　射水が差し出されたグラブの中にボールを収めた。

「ごめん、後は頼んだ」

「はい」

「船橋も、ごめん」

　うつむいたまま、射水は俺に向かって頭を下げた。

「アホ、水見相手に九回途中で４失点なら上出来だよ。柏崎、この回は残りアウト１つだけだ。頼むぞ」

「はい！」

　柏崎の背を軽く叩き、ベンチへと戻る射水を一瞬だけ目で追ってから、キャッチャースボックスに戻るが、内心ため息を吐きそうになってしまう。

　残りアウト１つ。ただそのアウトを奪うために対戦しなければいけない五番の窪田には今日、ホームランを打たれている。

　そのせいで警戒して、つい一、二球目は低めの変化球から入ってしまったが、どちらも見逃されボールに。

（ここでビックイニング、なんてのが一番洒落になんねえか）

　そう割り切って、三球目は外角高めのストレートを投げさせた。

　柏崎の一番良い球。シュートしながら吹き上がる速球で、空振りかファールを奪う。

　その三球目が、高々と打ち上がった。

（勘弁してくれよっ⁉︎）

　打球の勢いが強い。もしこれがホームランになれば点差は３点に広がる。２点差でさえキツイのに、深海から残り１イニングで３点以上奪うのは絶望的だ。ここで打たれたら終わる。

　打球はセンター方向に伸びていく。

　長打を警戒してやや深めの位置を守っていた小矢部が、快足を飛ばしてフェンスへ向かっていた。

　打球は途中で失速していくが、フェンスより手前に落ちるかは微妙だ。

　小矢部が打球が落ちるより前にフェンスへと到達した。打球は……

『アウトー‼︎』

（あ、あっぶねー……）

　本当にギリギリ、フェンススレスレのところに打球は落ち、小矢部のグラブに収まったらしい。

　どうにか一点で収まった。だが深海相手に最低でも２点、勝ち越すなら２点、奪わないといけない。

（防御率０点台の投手から１イニングで２点以上、ね）

　この時点ですでに絶望的だがやるしかない。水見の打線相手に九回を４失点で抑えたこと自体、半ば奇跡のようなものだ。はなから２点ぽっちで勝てる相手じゃない。

　……もっとも裏の攻撃で、六番の俺に打席が回ってくるかは分からないが。

　できれば俺が回ってくる前に勝負を決めて欲しい、そんな弱気なことをつい考えながら、俺はベンチに戻った。