第12話 一発

 一回戦二回戦で、あいつは目立ちすぎたのかもしれない。


 築城はこれまでの二試合で、ホームラン四本にツーベースを一本打っている。

 打てばその多くが長打、というかホームラン。 


 だからこの三回戦で築城が、そんな強打者が勝負を避けられるのは自然なことではあった。


 とはいえネクストで、誰よりも近くでその光景を三度、繰り返し見せつけられて、気分が良いわけがない。

 築城がまともに勝負されたのは一打席目のみで、他の打席は全て一球のストライクもなく歩かされた。


 二打席目も三打席目も、今この瞬間、四打席目もそうだ。


『ボール! フォアボール!』


 この判定を聞かされるのも三度目。

 一塁に向かって歩く築城を横目に見ながら、俺はバッターボックスに入った。


 相手バッテリーが初球に選んだのは、インローへのストレート。

 これがストライクゾーンギリギリに決まった。審判のストライクの判定が嫌に耳に響く。

 内角自体、得意なコースではないが、ここまで良いコースに決められたら手を出すこともできない。


 二球目、同じようなコースにまた速い球が来た。思わず手を出してしまったが、微妙に芯を外されてしまいレフト方向へのファールになる。ツーシームか?


 まずい、簡単に追い込まれてしまった。

 だがこれでカウントは2ストライクノーボール。

 ボール球をあと3つ使えるこの場面で、やすやすとストライクなんか投げないだろう。

 だから、


『ボオッ!』


(だよな)


 ストライクからボールになるスライダー。

 追い込まれてからなら振りたくなるボールだが、この球が来るだろうと分かっていれば、ストライクゾーンを外れるボールになんとかバットを止められる。


(もう一球くるか?)


 際どければカット、外れるなら見逃す。


『ボオッ!』


(っぶねぇー!)


 来たのは再度、ストライクからボールになるスライダー。

 読んでこそいたものの、万が一来るかもしれないストレートを警戒しながら球を見極めるのは、どうしたって難しい。

 だが、そろそろ来るはずなんだ。


(来い、ストレート)


 俺が監督から受けた指示は要約するとひとつだけ。


『スタンドまで運べる球だけを狙って、スタンドまで飛ばせ』


 この春季大会を通して、監督から言われたことはほぼこれだけだった。強いていえば、追い込まれてからは打てないストライクはファールで逃げろと言われたくらいか。


 無茶を言うなと思ったし、今でも思っている。


 ホームランを打ったことはある。

 でもそれは練習試合で打った一本のみで、もともとホームランを量産できるようなバッターじゃなかった。今だってそうだ。


 だから今までは、振り回すよりもとにかく当てることや四球を選ぶことに苦心していた。金属バットなら、力で押し込めば多少打ち損じた当たりでもヒットになる確率は低くなかったから。


 でもそれだけでは勝ち上がるのに限界があると、おそらく監督は以前からそう考えていたのだろう。


 ヒット一本でホームヘ帰ってくることができる足がある小矢部と、高い出塁率を期待できる上市を一、二番に、強烈なライナーを量産してランナーを返すことのできる高岡と、高い確率でホームランを期待できる築城を三、四番に置くという、理想の打順を叶えるためには、四番が敬遠されないための、せめてこけおどしになるだけの五番打者が必要だった。


 今のところ俺は、そのせめてものこけおどしの役割さえ果たせていない。


 ハリボテにだって実績はいる。

 ハリボテだからこそ、過去には打っているという事実が必要になる。

 

 こいつには弱点がある。こいつなら四番よりも抑えられる。だがそうわかっていても、万が一の一発があるかもしれない、変に四番を歩かせた方が傷口が広がるかもしれない。

 そう思わせるためには、実際にその一発を打っているという事実が必要になる。

 それができるのは現状、高岡を除けば俺しかいないと、監督はそう考えている。


(まあこのチームで長打が期待できるやつ、ほとんどいないもんな……)


 築城と高岡を除けば、確かに俺ぐらいしか残っていないのは分かる。


 小矢部はなんだかんだ足で打率を稼いでいるタイプだし、上市もコンタクト率は高くても長打力がある選手ではないから、ランナーが三塁までいかない限り、ポイントゲッターとしての怖さは半減する。

 六番以降になると正直、打撃成績があまり良くない。船橋あたりは当たればそれなりに打球が飛ぶこともあるが、少しでも甘く入ればもっていかれる、というほどの怖さはないし、打率が高いわけでもない。


(いや、それは俺も大して変わらないんだけどな)


 せいぜい身体がでかい分だけ相手が勝手に警戒してくれるくらいか。


『ファール!』


 今の球も、もしかしたらそうかもしれない。

 五球目の、インコースを抉るストレートは、ストライクゾーンを僅かに外れていた。なんとかカットしてファールに逃げる。


 相手バッテリーからすれば、外のスライダーは振らない、インコースのストライクゾーンにストレートを入れるのは、コースが甘くなったときのことを考えるとさすがに怖い。となると、


(次、アウトローにストレートが来るはずなんだ)


 困ったときのアウトロー。

 比較的昔から言われる配球だが、傾向としてこのキャッチャーも、このコースに投げさせることが多い。とくに投げさせるボールがなくなったときにはその傾向が高くなる。そしてピッチャーの谷口も、それに応えるだけの制球力がある。


 ツーシームは基本、右打者にはインコースにしか投げさせないから無視だ。ストレート狙いで当てることもできないほど変化の大きな球じゃない。インコースに速い球が来ればすべてカットする。

 俺相手にわざわざ、制球の安定しないチェンジアップなんて博打も打たない。

 そしてスライダーは二回、見逃した。

 残るのはもう、アウトコースのストレートしかない。

 それを、狙う。


 六球目、狙いどおりにストレートがアウトコースに来た。

 高さは真ん中近くに浮いているものの、コースは外角ギリギリ。すでに九回だが、ボールの勢いも落ちていない。

 でも、これなら、


(届く)


 インコースの球を思いっきり引っ張ってフェアゾーン内に飛ばす技術は、今の俺にはない。

 変化球も、よほど甘く抜けたボールでないと、スタンドには運べない。

 残ったアウトコースの速球でさえ、外角低めギリギリへ完璧に決められたら、まだ打ちこなせない。

 でも、少しでも高めに浮けば、打てる。俺のリーチなら届く。


 それを証明するように、俺の両手のひらに衝撃が伝わった。そのまま手首を返さずに、押し込む。手応えはあった。


(いけっ!)


 角度はいい。当たりも悪くない。

 ライナー性の打球が、上向きで左中間方向へと飛んでいく。


 いけ、そのまま……

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