第11話 安牌
四番の築城を敬遠して、ランナー一、二塁で迎えるバッターは、五番の輪島。
これまでの三打席の結果は、三振一つを含み全てが凡退。
ガタイはこのチームの中で一番デカイが、今のところは見掛け倒しでしかない。
内角はフェアゾーンに入れられない。外角は引っかけて凡打にする。
あまり舐めてかかってはいけないと頭では分かっているが正直、アンパイでしかないという印象は拭えない。
一発が出れば逆転されてしまうこの場面、こいつの身体のデカさは確かに不気味だが、これまでの打席を見る限り、配球さえ間違えなければこれまでどおり打ち取れるはずだ。
(初球、インコースにストレートだ。ストライクゾーンに来い)
長打力のある打者相手には怖くてやすやすと投げさせられないボールだが、今日の谷口の調子ならば問題ない。
これまでの打席を見る限り、この五番相手ならばコースに決まりさえすれば打ってもファールにしかならない。
選球眼は悪くないようだから、無駄にボール球を投げさせてもカウントを悪くするだけだ。
投げるのに勇気のいるコースだが、谷口は首を横には振らなかった。
セットポジションから放たれたストレートは、俺の構えるミットほぼドンピシャのところに突き刺さる。
『トライック‼︎』
審判のストライク判定が耳に心地良い。そりゃこんだけいいとこに決まれば審判も気持ち良くコールしてくれるよな。
輪島もこのボールには手を出すこともできずに見逃していた。
(とはいえ、二球連続同じボールは舐めすぎだよな)
二球目、同じコースへ、ツーシームをくれ。
ほぼ同じ速度と軌道から、わずかに内へ食い込みながら沈む速球。
打ってもファールにしかならない。無理にフェアゾーンに入れようとすれば凡退するだけだ。
この二球目は、俺の予想通りファール。同じようなコースに同じようなボールが来たらそりゃ見逃せないよな。
これで2ストライク、追い込んだ。
(この球で決めるぞ。三球目、ストライクからボールになる外のスライダーだ)
谷口の持ち球の中ではもっとも制球が安定している変化球だ。空振りを奪えるだけのキレもある。
追い込まれてからこいつを投げられたら、手を出さないわけにはいかないだろう。
だがこの三球目は、俺の予想通りにはいかなかった。
『ボオッ!』
(振らねえのかよ)
コースは悪くなかったが、スイングを途中で止められた。
強いていえば指にかかりすぎたのか、スライダーの変化がいつもより変に大きく曲がりすぎていたせいかもしれない。
(それでも、追い込まれてからのスライダーはそうそう見逃せねえだろ)
カウントにはまだ余裕がある。
もう一球、同じとこにスライダーだ。
俺のサインに、谷口もためらいなく頷いた。
投じられたボールは決して悪い球ではなかったが、これも途中でバットを止められた。今回はちょっと低すぎたか?
これで2ストライク2ボール。
外が嫌でインコースを待ってるのか?
なら、お望みどおり内角へ投げてやるよ。ただしボール球、インローへストレートを来い。
頷き、投じられた谷口のストレートは要求どおりインローへ。ただしギリギリ、ストライクゾーンに入っていた。
(けど、これは打てねえだろ)
散々打ち損ねたインコースだ。こんだけ厳しいコースは打ちこなせないはずだ。
その俺の予想は、当たってはいた。
『ファール!』
(クソ、当てんなら入れろよフェアゾーンに)
思わず舌打ちしそうになる。
それにしても今のバッティング、なんか妙だな。わざとファールにしたみたいな……。
(際どいコースだったからファールで逃げただけか?)
インコースを狙ってんならもっと食いついても良さそうなもんだが。
そもそも得意でもなさそうなインコースをわざわざ狙ったのか? いや、こいつは内も外もきっちりコースに決まったボールは打ち損じているし、どちらが得意というわけでもないのかもしれないが……。
スライダーは振らない、インコースのボールはファールにする、となると、残りはひとつしかない。
アウトローへの、ストレート。
(来い、ここへ。ストライクゾーンギリギリへ、ストレートを)
今日の谷口の調子は間違いなく良い。制球はいつも以上に安定しているし、球威も九回だというのに衰えを感じない。仮にこのコース、この球種を狙っていたのだとしても、そう簡単に打たれはしない。
谷口自身にもその実感と自信があるのだろう。俺のサインにためらいなく首を縦に振る。
谷口が投じたボールは、ほぼ俺の要求どおりだった。
高さこそ僅かに高く浮いたが、コースは外角ギリギリ。球威も十分だ。
ほら振れよ。見逃したっていい。どっちにしたってお前じゃ、このボールは打てないだろ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます