第6話 二回裏、無死走者なし

 一回裏の守りは順調だった。

 

 一番をショートフライ、二番をセカンドゴロに仕留め、三番が放った打球も当たりこそ良かったもののサードの正面を突いてアウトになった。

 

 これの何が助かるって、二回裏で次の四番打者をランナーなしで迎えられることだ。

 

『四番、ライト、築城くん。背番号9』

 

 ウグイス嬢のアナウンス後に打席に入った、一年生スラッガーを後ろから見上げる。

 

(こいつが二試合でホームラン四本打ったっていう、一年生スラッガーか……)

 

 身体はあまり太くない、というか細身だ。身長は180センチ前後くらいで、飛び抜けて大きいというほどではない。

 

(そんな飛ばすようには見えないが、まぐれでホームラン四本は無理だよな)

 

 一球目は様子見の外角低めストレート。

 ストライクゾーンよりボール一個ほど外せ、マウンドの谷口へそうサインを送った。谷口も素直に首を縦に振る。

 

 投じられたボールは要求どおり、ストライクゾーンよりボール一個分ほど外れたコースを通り、俺のミットに突き刺さる。

 

『ボール!』

 

 グラウンドに響く審判の判定を聞きながら、俺は横目で打席に立つ築城を観察しつつ、返球した。

 

(動かねえな……)

 

 目が良いのか、狙っていたボールじゃなかったのか、はたまた一球目だから見逃しただけか。

 ボールカウントを先行させるのは好ましくないが、簡単にストライクを入れるのも怖い。

 

(インコースはどうだ?)

 

 二球目に俺が出したサインは内角低めへのスライダー。

 結果的にストライクにならなくてもいい。俺の構えたミットへ、ストライクゾーンをかすめるような球をくれ。


 頷き、投じられた谷口のスライダーは、高さこそやや高いものの、コースは完璧だった。


 見逃すか?とも思ったが、築城はこの球を打ちにいった。バットとボールが衝突する。

 打球はレフト方向への、大きなファールとなった。

 

 心臓には悪いがファールはファール、1ストライクだ。

 

 インコース狙いか?

 そう思って要求した三球目は、インコースへのストレート。

 高さはあまり気にしなくていい。ストライクゾーンからボール一個分、内側へ外したボールをくれ。

 

 今日の谷口は調子が良いらしい。これまた要求どおりに、ストライクゾーンよりボール一個分ほど内に寄ったストレートが走り抜ける。

 

 『ボール!』

 

(振らねぇ、と)

 

 コースで絞っているわけではないのか? なら、スライダー狙い?

 それならインローへ、ストライクからボールになるスライダーを。

 谷口も俺のサインに頷く。

 

 投じられた四球目、そのコースは完璧で、手が出したくなるようなストライクからボールゾーンへと、きちっと変化してくれている。

 

 だが、築城はこれに手を出さない。

 

(振らねえのかよ)

 

 内心で舌打ちしながら、ボールを谷口へと返す。

 これで1ストライク3ボール。

 このカウントならもうはっきり外して歩かせてもいいが、せっかくのランナーがいない状況だ。一球、こいつにはまだ見せてないボールを投げさせてみるか。

 

(アウトローへチェンジアップ。ストライクからボールになる球を)

 

 嫌なら首を振れよと思いつつ出したサインだが、谷口は頷いた。

 

 その五球目のチェンジアップが、高めに浮いた。

 

(ヤバッ⁉︎)

 

 ほぼど真ん中のコースへとスローボールがやってくる。築城がこんな失投を見逃すはずがなかった。快音とともに放たれた打球はライトへ。

 

(ヤバい、切れろ!)

 

 そんな俺の念が届いたわけでもないだろうが、打球はライトポール外側へほんの僅かに逸れていった。ファール。

 

(あっぶな……)

 

 なまじ谷口の調子が良かった分、色気を出して要求してしまったが、やはりチェンジアップはまだ、ストレートやスライダーほど制球が安定していない。

 

(でも、結果的には2ストライク3ボール。フルカウントか)

 

 ランナーなしでこいつと当たる打席は最後かもしれない。この一球までは勝負するか。

 

 そう思ってサインを出した六球目、俺が決め球に選んだのはツーシームだった。

 谷口も特に間を置くことなく首を縦に振る。ミットは外角低めに構えた。

 

 その六球目、ストレートとの球速差が少ないボールが、ストライクゾーンをかすめるようにして、アウトコースへと沈みながら逃げていく。

 コースはいい。変化も悪くない。


 これならそうそうヒットにはならない。少なくともスタンドまで運ぶのは無理だろう、そう思って、

 

(あ?)

 

 そう思っていた俺の思考に割って入るかのように、俺の目の前を、築城が振り出したバットが塞いだ。

 

 快音が、俺の鼓膜のなかで居心地悪く反響する。

 

「ライト!」

 

 思わず叫んだ。

 打球は右中間を抜け、フェンスに直撃する。

 

(今の、あとほんの少しでも打球に角度がついてたら入ってたぞ)

 

 完璧に捉えられた当たりだった。

 谷口が投じたボールは、決して失投ではなかったのに。

 

(外角低めにきっちり決まったツーシームを初見で、それも引っ張ってあそこまで飛ばすのかよ……)

 

 もうこいつ相手に、ランナーがいる場面でまともな勝負はできない。走者なしだって敬遠のほうがマシじゃないか?

 

(マジで、なんでこんなバケモンが無名の私立校にいるんだよ……)

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