第3話 『三番、サード、高岡くん。背番号5』
結局、去年と同じ打順じゃねえか。
バッターボックスに向かう直前に、つい監督のいる方向へ目を向けてしまう。
まあ確かに、練習試合でより結果を残したのが俺と築城のどっちだって言ったら、あいつのほうだった。
だから文句は言えないが、気分は良くない。たった一試合の結果だけで決められるものではないだろうという気持ちもある。
だがだからこそ、これからの試合で結果を出していけばいいとも、それだけのことだと思ってもいるが。
もっとも、監督は去年と同じ理屈を俺に向けてはいたけれど。
「高岡。去年も言ったが、別に必ずしもチーム内の最強打者を四番に置くわけじゃない」
「はあ」
俺が不満だという態度を隠そうともしなかったせいか、監督は心外だとでも言いたげに一度息を漏らしてから、言った。
「言っておくが高岡。この打順はお前に対するご褒美なんだぞ?」
「は? ご褒美」
またよく分かんねえこと言い出したぞこの監督……。
俺は明らかに不審を訴える視線を投げかけていたはずだけれど、監督は気にした様子もなく話を続けていた。
「そうだ、ご褒美だ。練習試合で変わらず結果を、好投手相手でも欲しいときに得点をもぎ取ってくれるバッターだと証明した、お前に対するご褒美だ」
「ご褒美って言うんでしたら、四番の席、くれませんか?」
「お前はずいぶん打順に、四番にこだわるな。まあ、向上心や野心があるのはいいことだが……。高岡」
「はい」
「逆に考えてみろ。打順に関係なく、お前の前に築城を置いたら、その築城が得点圏にランナーがいる場面でホームランでも打ったら、お前の前にいるはずだったせっかくの走者がいなくなってしまう。それくらいならお前が築城の前を打って、ランナーを全て独り占めしてしまった方が気分が良いだろ?」
……ずいぶんこじつけた理屈だ。
そもそも、
「別に、築城が打つとは限らないじゃないですか」
「そうだ。それが答えだよ、高岡」
「は?」
「築城が必ずしもチャンスで打てるとは、ランナーをホームに返せるとは限らない。むしろ確実に得点するという点でいえば、お前の方が上だ」
そりゃどうも。
まあ一年坊主にそこで負けてたらわけねえけどな。
「築城を四番に置いているのは保険と、なにより俺のスケベ心だよ」
「はあ」
また説得だか御託だか分からない話が始まりそうで嘆息しそうになるが、堪えた。
この人は気に食わないことも言うし納得できないことも言うが、完全に的外れなことまでは言わない。それくらいは俺も理解していた。
「築城は典型的なフライボールヒッターだ。それゆえに、ホームランを量産する、その一点だけに限っていえば、お前の能力を上回る。お前はどちらかというと、ライナー性の打球を量産するタイプだからな」
「…………」
まあ、打球の質が俺とあいつで違うのは分かる。
ホームランを打つ能力がどうのという部分は素直に頷けはしないが。
「だけどそれはお前が築城に、ラインドライブヒッターがフライボールヒッターに劣るということじゃない。ただのタイプの違いだ」
タイプの違い、ねえ。
「……ホームランを量産するのが、バッターとしては理想なんじゃないスか?」
「他の項目が同じような成績であることが前提ならな」
なんだよ、他の項目って。
「打率とか出塁率とか、そういう話ですか?」
「そうだ。築城はまだ高校野球を始めてからの打数が圧倒に少ないから単純比較はできないが、あいつは必ずしも打率を稼げるタイプじゃない」
「なんでそんなこと分かるんですか?」
「打球が高すぎる」
監督が、妙に淡々とそう口にする。
「高すぎる、ですか?」
「ああ。築城だってライナー性の当たりを打つこともあるが、あいつにとってそれはただの打ち損じだ。なにせ、常にホームランを打つことしか考えてないようなやつだからな」
ホームランしか狙ってない? そいつはずいぶん……
「傲慢ッスね」
「そうだな」
監督が可笑しそうに息を漏らし、頷いた。
いや、そんなやつを放置するなよ。
「まあ、そんなやつだからこそホームランを量産できているとも言えるがな。だがそれが、あいつの弱点にもなり得る」
「弱点?」
「打ち損じが、ただの外野フライで終わる」
そう言われて、ふと思い出す。
確かに築城は練習試合のときも2回、高弾道の打球を打ったが、2回ともスタンドに届かず外野フライで終わっていた。
「もちろんホームランの打ち損ないがヒットになることもあるだろう。だがあいつの場合はなまじ打球の弾道が高い分だけ、打ち損じた当たりがただの外野フライで終わる可能性が高い。だがお前は違う」
監督の表情にはもう、先ほど一瞬でも見せた緩みが完全に消えていた。
「世間では、ヒットの延長がホームランになる選手と、ホームランを狙って打つ選手の二人を比較したとき、まるで前者の方が長打力で劣っているかのようなイメージを持たれがちだが、それは必ずしも正解ではない。いや」
監督は一度言葉を区切った後、頭を振って、むしろ逆だ、そう言い切ってしまってもいいかもしれない。そう口にする。
「非力なやつは狙わないとホームランを打てない。ある意味、築城だってそうだ。極論、築城は会心の当たりがスタンドまで届かなければほとんどがただのフライアウトだが、お前は違う。真芯を食った当たりならヒットになる確率は高いし、強い打球を打ち続ければ、勝手に長打も、ホームランも増える。お前はそういうバッターだ」
そう言って、俺の目を見据える。
見据えて、言い放った。
「高岡。確実性と長打力を兼ね揃えた強打者になれ。そういうバッターであり続けろ」
(ったく、口の上手いことで)
別にあの人の弁舌に乗せられたわけではないけれど、打順なんて選手の意思で選べない。三番を任せられたのなら、そこでベストを尽くすだけだ。
……かといって四番を諦めたわけでもないが。
だから、相手投手が散々警戒してカウントが1ストライク3ボールになった後の五球目、真ん中よりに来た甘いストレートを見逃すわけにはいかなかった。
強く引っ叩いた打球は、左中間を真っ二つに割った。
セカンドランナーの小矢部がホームへ到達し、上市も三塁まで到達する。
(っし、まず1点)
二塁ベース上で拳を握る。
あの監督が言いたいのは、こういうバッティングを、こういう打球を量産しろってことだろ?
こういうバッティングを続けていればそのうち……
「ライト!」
グラウンドで、そんな考えごとをしている暇なんかなかった。打球音が鼓膜に響き、思考が引き戻される。
白い点が水色の空の下を悠々と通り過ぎていき、右翼手の頭上を超えて、そのままライトスタンドに舞い落ちる。
その出発点である築城は、すでに一塁ベースを回っていた。
あいつを見ていると、その打球にまで苛ついてくる。スタンドインするならさっさとしろよ、めんどくせえ。
何よりムカつくのは、結局あの監督の理想どおりに事が運んでいることだ。
スケベ心、なんて冗談めかして言っていたあの人の顔が嫌でも脳裏を過ぎる。
こんだけホームランという名の当選確率が高い宝くじを引けるなら、そりゃあなるべく塁上にランナーがいる打順で引きたいよなクソが。
打球がスタンドまで届いたのだから、俺にも塁上を回る義務が発生する。
この一本だけで3得点。
チームとしては喜ぶべき事実に舌打ちさえしそうになるが、さすがに俺もその義務を放棄するほどに独善的じゃない。
俺は嫌々塁を回り、あいつの打点の一人として、ホームベースに右足を叩きつけた。
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