第2話 『二番、レフト、上市くん。背番号7』
『ボール、フォアボール!』
主審の判定とともに、一塁へ向かう。
ストライクを二つ奪われてから、明らかなボール球は見逃し、際どい球はカットし続けて、なんとか出塁した。
もっとも、せっかく小矢部先輩が盗塁に成功して二塁に進んだのに、四球での出塁では盗塁の意味がなくなってしまうけれど。
(でも、これでいいんですよね? 監督)
試合前のオーダー発表。
そこで俺に告げられた打順は二番だった。
三番ほどのプレッシャーは感じないけれど、それでも俺に上位打線を任せるのは過大評価じゃないだろうか。内心、そんなことを考えていた。
そのことを監督は分かっていたのかなんなのか、俺が一人でいるタイミングで話しかけられた。
二番打者最強理論という、ずいぶんプレッシャーのかかる話題と共に。
「二番打者最強理論。一昔前からそこらじゅうで言われるようになった理論だ。聞いたことくらいはあるだろう?」
「そりゃまあ、ありますけど……」
あるけれど、突然俺にその話を振る意味はよく分からなかった。
だから直接、監督に尋ねた。
「急に、どうしてそんなことを聞くんですか?」
「お前を二番に置いたからだよ」
そりゃそうだろ? そう言いたげな監督の表情に、こちらは困惑してしまう。
それはそうだろう。だって、
「あの、監督」
「なんだ?」
「さすがに監督も、俺がこのチームの最強打者だなんて考えているわけではないでしょう?」
俺の言葉に、監督は虚をつかれたような表情で俺を見ていた。いや、そんな驚くようなことは言っていないと思うんですけど……。
「いやまあ、正直に言えば確かにそうだが……。自己評価が低いな、お前」
「いや、それはそうでしょう。うちのチームには築城も、高岡先輩だっているんですから」
俺にはあの二人ほどの長打力はない。
上手くバットの真芯に当たって、長打になるポイントでボールを捉えられてやっと、外野と外野の間を抜けるツーベースにできるかどうか、といったくらいで、ホームランなんか一回も打ったことがない。
試合数がまだ少ないからなんとも言えないけど、打率だけで見てもあの二人を上回る想像はできなかった。
「俯瞰して自分を見られていると褒めるべきか、野心が足りないと叱るべきか悩ましいが……。まあ、お前の言っていることは当たっているよ。俺もさすがに、今のお前がチーム内最強打者だとまでは思っていない」
「それならどうして急に、二番打者最強理論について知っているか、なんて話をされたんですか?」
監督は言葉を選ぶ時間を稼ぐように右手で頭の後ろを掻き、少しの間を置いてから答えた。
「あー、まあ、そうだな。お前はそもそも、最強打者の定義は何だと思っている?」
「定義、ですか?」
定義といっても、打者を評価する項目なんてそんなに多くないと思う。
「パッと思いつくところでは打率や長打力、チャンスに強いかどうか、あとは……出塁率あたり、ですかね?」
「そうだな」
監督が頷く。自分が欲しい回答が得られたとでも言いたげに。
「それがお前に求める二番打者像だよ。お前には、チームで一番出塁できる、塁に出られるバッターを目指して欲しい」
「塁に出られるバッター、ですか?」
「ああ」
監督が再び頷く。
「確かにお前は、長打力という点ではそこまで秀でてはいないかもしれない。バットコントロールが上手いと言っても、いきなり上位打線を打つほど突出してはいないかもしれない。だがな」
そこで監督は一度、言葉を区切った。
視線が改めて俺に向けられたような気がして、思わず身体がこわばる。
「積極的に打ちにいったうえで、ボール球を見逃せる。これは、お前自身が思っているよりもかなり特殊で、突出した能力だ」
「そんな、そこまで言うほどのことですか?」
「そこまで言うほどのことだ。自然とできていることは自己評価に繋がりにくいのかもしれないが……。野球という競技のルール上、一番恐ろしいのはホームランを打たれることじゃない。アウトが取れないこと、アウトカウントが貰えないことだ。上市」
「はい」
突然名前を呼ばれ、咄嗟に返事をする。意識して背筋を伸ばした。
「誰よりもヒットを打って、誰よりも四球を投手から、バッテリーから奪い取れ。築城や高岡の前にいるバッターにそれをされるのがどれだけ厄介なことか、お前なら想像がつくだろう?」
なるほどね、それは確かに恐ろしい。
でも、
(それはつまり、結局俺は中軸の二人を活かすための引き立て役ってことじゃん)
二番打者最強理論なんて話題まで振っておいて、なんてそう思って、つい苦笑が浮かびそうになってしまう。表情に出てないといいのだけれど。
でもまあ、監督がこれだけ評価してくれているのだから、一選手としては応えないわけにもいかない。
「分かりました」
だから、俺は頷いた。
「ご期待に応えられるよう、頑張ります」
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