二章 高校一年生 春季大会へ
第1話 『一番、センター、小矢部くん。背番号8』
(やっぱ、この打順の方が落ち着くよなあ)
ウグイス嬢のアナウンスを聞きながら、そう思う。
春季大会一回戦、この試合ではまだ誰も踏み入れていないバッターボックスに、俺は足を踏み入れた。
相手投手に目線を合わせる。
予想どおり、先発はエース右腕の中村。こいつについてのデータは事前に聞かされていた。
スリークォーター気味のフォームから放つストレートは常時130キロ前後。飛び抜けて速いというほどではないが、地方大会レベルでは決して遅くもない。
変化球は主にスライダーを使う。稀にカーブやチェンジアップも投げるようだけれど、ほとんど無視していい投球割合、と。
その中村が投じた初球は、アウトコースへのストレート。
際どいコース。ギリギリストライクを取られてもいいコースだったと思うけど、俺は見逃した。
それが監督の要求してきた、俺を一番に戻すための条件の一つだったしな。
「小矢部、もしまた一番を打ちたいのなら、2ストライクまでは際どいコースの球は打つな」
あの練習試合の後日、俺は個人的に監督からそう指導を受けた。
「はあ」
そのときの俺は、つい曖昧な返事をしてしまった。だって、
「お前今、転がせば結構ヒットになるんだし、いいじゃんとか思ったろ?」
「……やー、そんなことは……」
あったりあったりしますね、はい。
いや実際、わりとヒットになってるし、いいんじゃねえの? ダメ?
「確かにお前の足なら転がせば、特に三遊間あたりに打球がいけば、そこそこヒットにはなっている」
「えーっと、じゃあいいんじゃないスか?」
「だがあくまでそこそこだ」
監督が眉間のシワを少し深くして言った。
いや、アンタまだ若いんだからシワなんか作るなよ、老けるぞ。
なんて、俺がそんなくだらないことを考えてるなんてことは知らないだろう監督は、そのまま話を続ける。
「実際、お前が打った打球のうち、ヒットになった当たりはゴロよりライナー性のものの方が圧倒的に多い。……当たり前の話ではあるが」
「まあ、そりゃそうッスよね」
ゴロでもそれなりにヒットにはなってるんだけど、やっぱり体感的にも、きっちり捉えた当たりの方がヒットになる確率は高い。
「そう、当たり前だ。で、これも当たり前のことなんだが」
そう前置きして、俺の目を睨むようにして覗き込まれた。いや、なに?
「際どいコースの球、それこそボール球を打っても、強い打球にはなりにくい。実際、お前が打ったボール気味の球で、ライナー性の当たりになったものは一球もない」
「よく見てますねー」
ストーカーかな?
「それが仕事だからな」
まあそうかもしれんけど、仕事熱心なことで。
「そういうわけだ、小矢部。春季大会では、追い込まれるまでボール気味の球には手を出すな。……俺がいいと言うまで」
「はあ」
俺がいいと言うまで? ずいぶん引っかかる言い方だけど、なんだ?
「それともう一つ、お前に注文がある」
「多くないスか?」
そろそろ俺がため息をこぼしたくなってきた。いやまだ2個目だけどさ。
「これで最後だ。小矢部、もし2ストライクまでの間に甘いボールが来たら……」
(とにかく強く弾き返せ、ね)
1ストライク1ボールからの三球目、ちょうどその甘い球が来た。外寄りのコースから真ん中に向かって曲がってくるスライダー。失投だ。
言われたとおり、俺はバットを振り抜いた。
打球は一、二塁間をライナーで通り過ぎていく。
ライトがワンバンした球を捕球したから二塁は諦めたけど、もう少し上向きの角度がつけばツーベースだったかも。惜しい。まあいいや、とりあえずヒット。
俺は、ベンチからずっと俺のことを監視するような目で見ている監督に視線を送った。
ほら、ちゃんと打ったじゃないスか。これでいいんでしょ、監督?
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