第16話 紙ひこうきと放物線

 相手投手の指先から放たれたボールは、ホームベースに届く前に、俺の膝元近くへと鋭く曲がり落ちていく。


 あらかじめこの球を意識していなければ目が追いつかず、初見なら視界から消えたように見えてもおかしくないほどの急激な変化。


 だけどこのスライダーを、俺はもう何度も目にしている。


 だから、この球の軌道はイメージできる。

 あとはそのイメージに、バットの軌道を合わせるだけだ。


 コースは内角低め。ギリギリ、ストライクゾーンに入っている。

 もうボール一個か二個分、低く決められていたら追いきれなかったかもしれない。


 でも、ゾーン内に来ているのなら、打てる。


 身体は動く。意識せずとも勝手に、反射的に、ボールを捉えようとする。


 手のひらに、硬球の感触が伝わった。


 バットの上に乗ったボールを、運ぶように、放り投げるようにして弾き返す。


 紙ひこうきを、風に乗せて飛ばすように。


(行け)


 小さい頃、それこそ幼稚園くらいの頃から、遠くへ飛んでいくものが好きだった。


(飛んでけ)


 たとえば風に乗って飛んでいくタンポポの綿毛が。


 たとえば折り紙で作った紙ひこうきを飛ばすことが。


 なぜだか、すごく好きだった。


(飛んでけ、もっと)


 その紙ひこうきは、野球を始めてからはバンティングに、白いボールに、ホームランに変わった。


 捉えた打球は内野の頭を超えて、フェンスによじ登った中堅手の伸ばすグラブの先も超えていく。


 そしてスタントの奥、今は誰もいない外野席まで。


 もしくは、そのもっと先へ。


(届けっ!)


 白球は外野席中段の、誰もいないベンチの上で跳ねた。


 その音がグラウンド中に響き、自分の耳にも届く。

 俺は小さく手を握り締めた。


 心地よい手のひらの感触と、スタンドを超えた高揚と満足感と、それから、


 この球場の外には届かなかったという、少しの悔しさを噛み締めて。

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