第13話 止まれ

『三番、レフト、上市くん』


 スコアは2-1。九回裏ツーアウト、ランナーなし。

 俺が凡退すればそこでゲームセット。そんな場面で自分の名前がアナウンスされているのを、どこか人ごとのように聞いている自分に気づき、焦った。


 集中できてない。頭を軽く振って、意識を切り替えようと努める。


 正直、自分がここに立っていることが、自分でも不思議だった。練習試合とはいえ、いきなりレギュラーとして試合に使ってもらえるとは思っていなかったから。


 それも打順は三番、クリーンナップだ。


 だけど俺はここまで、三打数無安打の1三振。まるで結果を残せていない。


 そもそもなぜ監督は俺を三番に置いたのだろう。確かにバッティングには、コンタクト能力にはそこそこ自信があるつもりだけど、俺には遠くに飛ばす長打力があるわけでもない。それこそ築城のような。


 ふと、監督がオーダーを発表した後に言っていたことを思い出す。


『お前は射水の球を築城の次にバットに当て、かつその多くをヒットゾーンに運んだ。その後の紅白戦でも打率、出塁率に関してはチーム上位だ。今回の練習試合で、対外戦でも同じことができるか見させてもらう』


 できてないな。そう思って、打席に向かう途中で苦笑いが漏れそうになってしまう。


 だめだ、やっぱり集中できてない。打席に、投手に集中しないと。


 先発の新発田は、一点失いつつもこの九回まで一人でマウンドを守り抜いている。


 新発田といい築城といい、同じ一年だってのにこうも違うかね、なんて、ため息の一つも漏れそうになっている。


 それでも、分不相応だとしても、俺は三番を任された。このままいいようにやられるわけにもいかない。


 とはいえここまで、まるで手が出ずのノーヒットだ。


 初球のストレートこそアウトコースに外れてボールになったが、二球目に来た内角低めの速球を見逃し、三球目の外角へ逃げていく小さなスライダーになんとか喰らいつくもファールと、簡単に追い込まれてしまう。


 そして四球目は、高めやや内よりのストレート。


 高く外れた釣り球だったが、球の勢いに手が出かけてしまう。どうにか途中でバットを止めて、ボールになる。


 2ストライク、2ボール。

 追い込まれたこの場面で新発田が投じた縦スライダーは、指にかかりすぎたのか低く外れてスリーボールに。

 

 チャンスはその後に来た。

 五球目のストレートが、真ん中やや高めのコースに飛び込んでくる。


 絶好球だ。見逃すなんてありえない。俺はそのストレートを捕まえにいった。


 タイミングは合っていたと思う。だけど、勝ったのは球の力だった。


 バックネットへと飛んでいくファール。

 真ん中付近に来た球でさえ、俺は前に飛ばせていない。


(くそっ……)


 絶好球を捉え損ねた。

 カウントこそツーストライクスリーボールだが、同じ球がこの打席でもう一度来るとも思えない。


 勝負を決する六球目。

 球種はストレート……違う、スライダーだ。


 縦に鋭く曲がり落ちる、新発田のウイニングショット。


 俺はスイングを開始してしまっていた。


 肝心の新発田のボールは……際どい。

 際どいけどたぶん、ストライクゾーンを外れている。


 スリーボールなんだ。見逃すことができれば出塁できる。ここでバットを止めることができれば、まだスイングは取られない、はずだ。


 だから、止まれ。


 俺は着地した右足を踏ん張り、両腕に、全身に命じた。願った。スイングを止めろ、このボールを見逃せ。


 頼むから……止まれっ!

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