第12話 俺自身の手で
「くそっ!」
新発田が苛立たしげにそう吐き捨てる。
七回裏、五番の高岡にヒットを打たれ一点を失いながらも、続く六番を内野フライに抑え、失点は最小に留めた。
だがそれでも、打たれた新発田は荒れていた。
「完全に狙われていたな。俺の配球ミスだ。ストレートで押しても、もっとはっきり外してもよかった。すまん」
そう言って頭を下げる。だが新発田の気が収まる様子はない。
「んなもん、分かってんだよ」
そう吐き出すように呟く新発田の表情は、苛立たしげに歪んでいた。
「ここまで決め球は縦スラばっか投げてた。だから最後は縦スラだって読まれることぐらい、俺だって分かってんだよ」
それでも、新発田がそう吐き捨てる。
「それでも抑えられるって思ったから投げたんだ。お前一人が悪いみたいに言われる方がムカつく」
投げてんのは俺だ。抑えたって結果も、打たれたって事実も、全部俺のもんだ。
新発田が吐き出したそれらの言葉に、こちらは苦笑するしかない。
それを言うならこっちだって、お前だけの責任にされたらたまらない。
もちろん成果もだ。
「まあそうカリカリすんなよ。今のところ無失点で抑えられてはいるが、ヒットは何本も出てる。うちの打線なら二点くらいすぐ取り返してやるさ」
なんて、楽観的なことを言うしかない。
とは言え、ヒット自体は何本も出ているのは事実だ。回が進めば相手投手にも当然、疲れが出る。
もっとも残るイニングは二回のみ。俺に限って言えば打席が回ってくるのは一度だけだろう。
ここまでの俺の成績はシングルヒット一本の無得点。二軍とはいえ、四番に座っておいてこの成績はあまり褒められたものではない。
八回表、一番から始まる好打順で、なんとしても出て欲しい先頭打者がしかし、アウトに終わる。
セカンドへのゴロ。一番打者である倉木さんの足は決して遅くないが、打球が平凡すぎた。いっそもっと弱い当たりだったならば間に合ったかもしれない。
続く二番の杉田は低めに落ちる変化球を振らされ三振。
おいおい、出てくれよ塁に。もう残り2イニングだぞ?
そんな俺の祈りが届いたわけでもないだろうが、三番の吉村さんが打った。
打球が速い。三遊間を抜けるヒットになる。
ランナーが、出た。
『四番、キャッチャー、
コールとともにバッターボックスに入り、足場を踏み締めるようにして均す。
初球、相手投手が投じたのはストレートだった。
低めに決まる速球を、俺は見逃した。
わずかに低く外れてボールになる。
(この沈む速球に、うちは散々やられたんだよな)
内に来れば食い込み、外に来れば逃げながら沈む動く速球。うちの打線はこの球を打ちあぐねて、点を取り損ねていた。
バットには当たる。ヒットも何本か出ている。だが得点のための、あと一本が出ない。
二球目、アウトコースへの速球が低めギリギリに決まった。これを見逃し、1ストライク1ボール。
ストライクは取られたがこれでいい。
相手ピッチャーはストライクを取るのに苦労しない程度には制球がまとまっているものの、常にコーナーに決められるほどのコントロールを持ち合わせているわけではない。追い込まれるまではひたすら甘いボールを待ち続ける。
現に三球目、速球が真ん中付近に浮いた。
これを見逃すわけにはいかない。踏み込み、ボールを捉えにいく。
だが投じられたボールが速球でないことに、スイングの途中で気づいた。
遅い。速球に近い軌道から、速球より遅く、速球よりさらに大きく沈んでいく。
(っ⁉︎ チェンジアップかよ……)
なんとかファールで逃げるが、これで2ストライク1ボール。追い込まれた。
面倒くせえな。口に出そうになったその言葉を内心に留める。
うちの新発田と同じく、このピッチャーにも追い込んだ後の決め球になる変化球がある。フォークだ。
大半のバッターは追い込まれる前に、あの動く速球に手を出してゴロに仕留められてしまうから数はそう放っていないが、追い込んだ後にはよく使っていた。
俺自身、前打席ではこのフォークに対し無様な空振り三振を晒している。
このボールをきっちり低めに落とされたらクリーンヒットは難しい。低めは見極め、際どいコースはカットで逃げるしかない。
四球目、そのフォークをいいところに落とされた。
なんとか途中でバットを止めたが、スイングを取られてもおかしくなかった。
結果的にはツーストライク、ツーボール。
ここから先、俺は粘った。粘るしかなかった。
五球目のインハイ速球を見逃しボール。
六球目の外角低め速球をカットしてファール。
七球目、同じようなコースから落としてきたフォークになんとかバットを掠らせてファール。
チャンスは八球目、フォークがストライクゾーンのやや高めに浮いた。
フォークはもう何度も見せられている。落ち幅も分かる。
だからストライクゾーン内に落ちてきた半速球にバットを合わせることができた。ボールの感触が手のひらに伝わる。すぐに快音が響いた。
手応えは十分。あとは打球がどこまで伸びてくれるか。走りながら打球の行方を目で追う。
外野の深くを守っていたレフトがさらに後退する。自分の頭を越えようとする打球を捕まえようとグラブを持つ手を伸ばす。
だが白球は、その先にあるスタンドを超えた。
俺はグラウンドを回りながら、右手を握りしめた。打ったときの感触はまだ手のひらに残っている。
これで2対1。逆転だ。
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