第7話 はじめまして、縦スライダー
『二番、センター、
練習試合当日、俺の初打席。
球場内に響くウグイス嬢の声を聞き、打席に向かいながら、思う。
本当は一番がよかったんだけどな。一番打席が回ってくるから。
なんて、言葉にするとダジャレみたいだなって、そんなくだらないことを考えてしまったせいで、笑い声が漏れそうになる。
なんとかこらえたけどさ。打席に向かう途中に一人で笑ってたら、不気味過ぎる。
俺、セオリー的には一番打者向きだと思うんだけどな。
足はチームで一番速いし、公式戦で盗塁も何個か決めてきた。打率だってチーム内じゃそんなに悪い方じゃない。
まあ、うちのチームは打てる奴そんなにいないけど。
しかも一番を打つ三年の輪島さんは見た目ゴツくて、あんまり一番バッターって感じがしない。それこそクリーンナップに座っててくれよって感じ。
まあ意外と長打は少ない反面、打率は悪くなくて、足もそんなに遅くはないから、向いてないこともないんだろうけど。
でもそれはそれで二番あたりを打って、一番を俺に譲ってくんねえかな。
一打席目は必ずランナーもアウトカウントもゼロのまっさらな状況で立てて、打席数も一番多く回る一番が、俺は気楽でお得で好きだった。
なんて、そんな文句ばっか言っても仕方ないけどさ。
一回裏ワンナウト、ランナーなし。
迎える投手は、一年生ながら最速140キロ越えのストレートを投げる本格右腕、
なんで隣県の強豪校が、二軍とはいえうちみたいな無名校相手に練習試合を組んでくれたのか不思議だったけど、相手からすれば俺らは、期待の新人投手に経験を積ませるためのいい練習台ってとこなのかもな。
ムカつくっちゃムカつくけど、どうでもいいっちゃどうでもいい。
まあ相手の次期エース候補様にはせいぜいいい経験でも積ませてやりますか、なんて一人、頭の中だけで呟きながら左打席に立つ。
その次期エース候補様こと新発田が、大きく振りかぶった。
最近は腕を振りかぶるピッチャーが減ったと思うけど、こいつは違うらしい。
いかにも本格派って感じの、ダイナミックなオーバースローのフォーム。
そこから放たれた直球が、俺の胸元を抉る。
『ストライクッ‼︎』
審判のコールがうざったく耳に響く。
さすがに速えな。
球場のバックボードに設置されている電光掲示板を見る。そこには138キロと表示されていた。
飛ばしてんな。確かこいつの最速って142とかじゃなかったっけか。
最初から割とフルスロットルじゃん。しかも初球からインコース抉ってきやがって。
こんだけイケイケなら次もストレートだろ。
そう思って振りにいった二球目はやっぱりストレート。
外角高め、見逃せばボール球だったかもしれないが、俺は当てにいった。けど振り遅れて、レフト方向へのファールになる。
ストレートならなんとか当たるな。けど二球で2ストライクに追い込まれた。
三球連続でストレートは来ないだろ。なにせこいつには、決め球になる変化球がある。
せめてバットに当てる。転がりゃ俺の足ならワンチャンヒットになる。その決め球を狙う。
投じられた三球目、俺にはその出だしが一瞬、ストレートに見えて、やべっ、狙いを外された、空振るって思った。
なんとかファールに、なんて思っている間に、ボールの軌道は縦に折れ曲がった。
もう無意識レベルでも思考は完全に置いてけぼりにされて、無理矢理に軌道修正したスイングを嘲笑うように、ボールがホームベースの奥で地面に突き刺さる。
新発田のウイニングショット、縦スライダー。
無様な空振りを晒しながら、俺はもう笑うしかなかった。
当たんねえよ、これ。
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