第6話 四番

 監督が読み上げる次の練習試合のオーダーを全て聞き終え、怒りと不快感に吐き気さえ催した。


(気に入らねぇ……)


 気に入らない。気に食わない。


 どうして入学して間もない一年が、四番に座る。なぜ俺が五番に下がる。


 なぜ、俺が四番じゃない。


 俺はこの1年間で、自分が四番に相応しい打者であると証明できていたはずだ。


 去年の公式大会通算打率はチーム内でトップだった。長打も量産した。

 なにより、四番の役目である打点を、チームで一番多く取ったのは俺だったはずだ。


 去年の夏季大会までは、当時三年生だった先輩が四番を打っていたけれど、内心俺が打ったっていいだろうと思っていた。

 でもまあ先輩は長打力があって俺よりホームランを打っていたし、監督からは、必ずしも四番にチームで最も優れたバッターを置くわけじゃない。チームの状況や選手の適性次第では、より多く打席に立つ機会のある三番や二番に最強打者を置くこともある、と言い聞かせられていた。


 それに必ずしも納得したわけではなかったが、あえて反発しようと思うほどでもなかった。


 だが、今回のこの打順はなんだ?

 去年の、打席に多く回るという理屈なら、俺は去年よりむしろ劣化したとでもいうのか?


 オーダーを発表した後、監督からこの打順の説明を聞かされるが、全然頭に入ってこない。


「次、三番、上市」


「はい!」


 背の低い一年坊主が、やけに気合いの入った声で返事をする。


「お前は射水の球を築城の次にバットに当て、かつその多くをヒットゾーンに運んだ。その後の紅白戦でも打率、出塁率に関してはチーム上位だ。今回の練習試合で、対外戦でも同じことができるか見させてもらう」


「はい!」


 三番まで一年かよ。俺らはそんなに信用できないか、頼りないか。


「次、四番、築城」


 四番、という言葉を聞いた瞬間に、思わず奥歯を噛み締める。このまま噛み砕いでしまいそうだった。


「はい!」


 その一年生が返事をする。俺はそいつを横目で観察した。


 身長は俺とそう変わらない。180センチ前後くらいか?

 だが体格は細身で、球児の割には妙に肌が青白い。どうにもひ弱そうな印象を受けた。


(こんなやつが、四番?)


 俺の内心など知るはずもなく、監督は説明を続ける。


「前に話した通り、お前はホームランを狙え。そこで打点を稼ぐために、お前の前にいる3人は、なるべくアウトカウントを失いづらい選手を選んだ」


「はい!」


 何がホームランを狙えだ。一年相手になにを言っている。

 この一年も一年だ。何を当たり前のように、はいと答える。


「次、五番、高岡」


「……はい」


「今回対戦する桐綾高校はともかく、県内の高校は去年、お前がこのチームで最も打っていることを、最も警戒しなければならないバッターであることを知っている」


「はい」


 だからなんだ?


「だからどうしても、相手チームはお前の前のバッターに対して、逃げるような投球ができない。みすみす塁上にランナーを置いてお前を迎える羽目になるからな」


「…………」


「うちのチームは現状、お前の他に築城敬遠の抑止力になるバッターがいない。だからお前を五番にした」


 つまり、なんだ。


 俺はあの一年生のお膳立てをするための飾りか?

 その一年で点を取るための、身代わりの捨て駒か?


「もし築城が塁上にランナーを残した場合は、お前がホームまで返せ。以上だ」


 ふざけやがって。


「聞いているか? 高岡」


「分かりました」


 お前が俺を、その程度のバッターとしてしか見ていないことが。



 苛立っているうちに、いつの間にか監督のオーダー説明は終わっていた。


「繰り返すがこの打順、このスタメンは実験的な意味合いが強い。今後のチーム状況や選手一人一人の成績、成長によって随時変更するから、各自そのつもりでいてくれ。以上」


 ふざけやがって。


 そう何度も口に出してしまいそうになるのを、無理やり心中に押し込める。


 一瞬、俺から四番を横取りした一年生、築城だったか、そいつと視線があった。

 向こうは何やら気まずそうな雰囲気を漂わせていたが、俺はすぐに視線を外した。


(すぐに奪い返してやる)


 一年なんかに座らせない。

 次の練習試合で、あの無能監督に思い知らせる。本当は誰が四番に相応しいのかを。

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