第5話 金属バットと、動く球と、練習試合と
正直に言えば、射水を打たせて取る投手に育てたのも、その射水に背番号1を与えたのも、苦肉の策だった。
射水は入学した当初から、ストレートが少し動く、沈む球質の投手だった。
ミートポイントの広い金属バットが使用される高校野球において、動く速球は効果が薄い。
金属バットは木製のバットと違い、多少芯を外しても打球は速く、遠くまで飛ぶ。
それでもあまり器用とは言えない射水には、回転効率のいい、ホップするような回転のストレートを投げるのは難しいようだった。
ゆえにストレートの回転の矯正は諦め、真っ直ぐは進まない、一般的には汚いと評される球質を伸ばす方向へと軌道修正した。
中途半端に綺麗な、平均に近い軌道のボールは、打者にとっては一番打ちやすい。
そうなってしまうリスクを考えれば、たとえ高校野球向きではなくても、彼本来の癖球を活かした方がいいだろうと考えた。
今でこそ射水は、どこの高校相手でもある程度計算できる投手になってくれた。
しかし入学当初はそれこそ、他にやらせるポジションもなく、投手経験があるならやらせてみるかぐらいの、消極的な理由で投手をやらせていただけだった。
特にバッティングは壊滅的だった。バットにはほとんど当たらず、当たってもほとんどが弱い当たりのゴロ。
守備は壊滅的に下手、というほどでもないが、特別上手くもない。
肩は悪くないが、二塁手や遊撃手をやらせるほどの俊敏さや身体能力があるわけでもなく、三塁手にしても強烈な打球を止める反射神経があるわけでもなかった。
また外野守備は経験がないらしく、すぐに守らせるにはかなり不安。捕球は下手ではなかったから一塁手をやらせてもいいが、彼にやらせる必然性もなかった。
そうなると結局、投手ぐらいしかやらせるポジションがないのだが、正直こちらも上手くはなかった。
入学当時の球速はマックスで120キロを少し超えるくらいで、この時期の一年生としてはそこまで悪くない。無名校の一年生としては上々ですらあるかもしれない。
ただなんというか、あまりスピードを感じないボールではあった。
回転が良くないのかなんなのか、手元で少し垂れるような印象を受けた。
ときどき手元で左右のどちらかに動くのも、評価が難しかった。
上手く機能すれば癖球として利用できるが、リリースが安定していないとも受け取れる。
ただコントロールはそこまで悪くなく、ストライクゾーンの低めか高め、もしくは内角か外角といった二分割の指示であれば、おおむねその辺りに投げることができていた。
変化球はカーブとスライダーが投げられるということだったが、カーブはとんでもないところには行かないものの、狙ってストライクを取れるほどでもなく、見せ球としてしか使えなかった。
スライダーはストライクゾーンに投げられるし、そこから外れるボールゾーンにも投げられるくらいにはコントロールできていたものの、変化は平凡だった。まあないよりはずっといいか、ぐらいのボールだった。
速球に多少の癖はあるものの、基本的には打ちづらさのない二球種を、とりあえずストライクゾーンには投げられる投手、というのが、俺の射水への入学当初の評価だった。
だから1年目は、基本的に身体づくりに集中させた。
登板も練習試合や紅白戦でたまに投げさせる程度だった。遠投や普段の投げっぷりを見る限り地肩は悪くなさそうだったし、まずは球速が上がってくれればという目論見だった。
ボールの回転を矯正させようともしたが、これは前述の通り途中で諦めた。
二年生になり、多少体力や筋力もついてきたかなというあたりで、本格的にピッチングをさせた。
身体の使い方が、どちらかといえば横回転ではなく縦回転だったから、縦に落ちる変化球であるフォークの投げ方を教えた。
俺自身には投手経験はないが、捕手だった頃に組んでいた投手からピッチングの話を聞く機会があり、その際に変化球の握りや投げ方もいくつか教わっていた。
そのときに学んだ投げ方と握りのいくつかを、射水に教えた。
もしその中に彼に合うものがあれば儲け物だし、ないならないで、本人に工夫してもらうしかない。相性の良い変化球の投げ方や握りは、どうしても個々人で差が出てしまう。自分に合うものを自分で見つけてもらうしかない。
運良く射水には、俺が教えた中で自分に合うフォークの握りがあったようだ。
低めに制球されたボールが、それなりの落差で落ちる。高校野球でなら十分決め球として使えそうなボールになった。
ストライクゾーンに投げることまではできないようだが、フォークボールを連投させるのも負担が大きいだろうし、そこまで求める必要もないだろう。
球種としてはもう1つ、チェンジアップを教えた。
これも過去にバッテリーとして組んだことのある投手から教わったもので、持ち球としては実質的にほとんど使えないカーブの代わりに、なにか緩急のつけられる球種が必要だろうと考え、覚えさせた。
二年の春の時点で、球速は130キロに届くようになってきていたものの、速球派と言える球速ではない。1つくらいは球速の遅いボールが必要だろう。
ほぼ鷲掴みの握りで、ストレートと同じ腕の振りで何も考えずに投げる。
ストライクゾーンのどこにいくか分からない、けれどストライクゾーンのどこかにはいってくれるボールとして一応、カウント球として使える球種にはなってくれた。
三年生になり、チームのエースとなった今の射水は、高校野球のレベルでなら充分、先発として仕事のできる投手になってくれたと思う。
そして、その射水からこれだけホームラン性の当たりを打てるのなら、築城は通用する。他のチームにとっての、脅威足り得る。
射水と築城の対戦を目の当たりにして改めて、築城を実戦で使ってみたいと思った。
そしてそのための準備は、すでに進めていた。
隣県の高校が、こちらから依頼した練習試合の申し込みを受けてくれた。
私立
去年は甲子園の土も踏んだ強豪校。
レギュラー以外の一、二年中心のチームとでよければという条件付きだったが、それでも充分だ。
なにせ今年桐稜高校に入ってきた一年生ピッチャーは、ビデオ等で投球を見る限り、能力的にはベンチに入っていてもおかしくないレベルの選手だった。彼との対戦は充分経験になる。
もともと桐稜は、夏大会までは滅多に一年生投手をベンチに入れない。ベンチ入りし得る実力があったとしても、だ。
一年目から酷使して、逸材を潰してしまわないための配慮だろう。戦力に余裕がある高校ゆえにできることではあるが。
桐稜高校と練習試合をする。
桐稜高校から練習試合の確約が取れた翌日、そのことを選手たちに伝えたが、その反応はまちまちだった。
他県の強豪校がなぜわざわざうちと?という疑問を口にする者もいれば、そもそも他県の高校のことなど知らないという者も少なからずいる。
正直なところ、うちのチームに他県の高校野球事情まで意識が向くほど熱心な生徒は多くない。
それでも三年前から比べればずっと、チーム全体が勝つことへの快感を知ってくれたと思うのだが。
練習試合のオーダーを先に伝えておく。
チーム全体にそう告げながら、手に持つオーダー表に目を落とす。
おそらく、選手たちの反応は少なからず荒れるだろう。
「先に言っておくが、今回はかなり実験的な意味合いの強いオーダーだ。そのつもりで聞いてほしい」
選手たちにそう前置きして、オーダーを読み上げる。
「一番、」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます