第4話 また対戦したい

 入部初日、実力試しとレクリエーションを兼ねてということで、フリーバッティングをさせてもらえることになった。

 それもバッティングマシンとかではなくて、チームのエースである、射水さんという先輩がわざわざ投げてくれるという。


 順番的に一番最後になった俺への十球も終わり、先輩へお礼を言ってから、ほかの一年生の人たちがいる場所へ戻ると、なんだか盛り上がっている様子だった。


「すごいなお前!」


 戻るやいなや、その中の一人にそう言われ、ドギマギしてしまう。


 褒められるのは苦手だ。なんて返せばいいか分からなくなるから。


「すげーカンタンそうに打ってたな。俺なんて球が速くてかすりもしなかったのに。楽勝そうだったじゃん」


「えっ?」


 そんなふうに見えてたんだ。

 全然、そんなことないのに。


「そんなことないよ」


 慌てて首を横に振る。


「ボール、速かったし、動いてたし」


「動いてた?」


「うん」


 速かった。それに、動いていた。


 球速は、たぶん常時140キロ前後くらい。

 シニアでも速い球を投げるピッチャーはそれくらいの球速を投げていたけれど、そんな投手は少数だった。


 それに速いだけじゃなくて、ボールが不自然に沈んだ。


 初球のインハイでも少し違和感があったけど、二球目を打って確信した。


 この人のボール、動くんだ。


 正確に言えば、誰が投げたってボールは重力に負けて沈むし、腕は斜めから振られるんだから、誰だって少なからずシュート回転はする。


 だけどその上で、射水さんの投げる速球は予想を超えて大きく沈んだ。


 二球目、身体が無意識に反応してバットを潜り込ませていたけれど、普通に打てばゴロになっていたはずだ。


「うん。動いてた。っていうか、沈んでた。打ちにくかったよね」


 一年生のうちの一人が、俺の意見に頷いてくれる。

 この人は確か……。


「うん。あんまり見ないボールだった。上市かみいちくんもそう思った?」


「ああ。なんとかヒットゾーンに運ぶのが精一杯だった。それをよくあんなポンポンとスタンドに運べるなって、感心を通り越して呆れてたよ」


「え? えっと、ありがとう……?」


 で、いいのかな?

 でも呆れられてるし、いやでも冗談みたいだし、ええと、


「お前、しゃべると途端にすごそうじゃなくなるな」


 上市くんが可笑しそうに笑って身体を震わせる。笑い上戸なのかな?


「すごいなお前ら。俺らかすりもしなかったのに」


 上市くんは顔に笑みを浮かべたまま答える。


「ボールのスピードに慣れれば、当てられるようにはなるって。……なんて、俺も綺麗な当たりは打てなかったし、なに偉そうに言ってんだって感じだけど」


「うん。射水……先輩、試合だとすごく頼りになると思う」


 試合で対戦すれば、射水さんはきっとさらに手強い。


 打たせて取るタイプだと思うから、バックの守備が堅ければ堅いほど、打ち崩すのが難しくなる。

 

 上市くんのバッティングを見ていたときの印象しか判断材料がないけど、このチームの守備の動きは洗礼されているように見えた。

 だから相乗効果で、このチームから点を取るのはかなり難しいんじゃないかと思う。


 公式戦でも、かなり勝ち進めるんじゃないか。もしかして、甲子園にまで手が届くんじゃないか。そこまで考えて、


『勝ちたいよ』


 突然、豊見山さんの、監督の言葉が脳裏を過ぎった。


 ……正直、自分は試合の勝ち負けに、あまり強い関心がない。

 チームが勝っても負けても、自分が打てなければ内心、どこかもやもやしてしまう。


 でも、当たり前かもしれないけど、負けるよりは勝ったほうがいい。


 勝てばまた試合ができる。勝ち進めば勝ち進むほど、すごい投手と対戦できる、その確率が上がる。

 それは、すごく魅力的なことだと思う。


 だから嬉しかった。勝てる投手が同じチームにいることが。その投手と対戦する機会に恵まれていることが、嬉しかった。


(射水先輩とも、また対戦できるかな?)


 できたらいいなと思う。

 紅白戦とか、実戦形式での対戦とかが、またあったらいいなと、そう思った。

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