第四章 実力のアビリティ-4

 アツミは《フンババ》を、ジャイアントスイングの要領で一回転させ、頭上へ軽々と放り投げる。

 一筋の美しい放物線を残しながら、黒い機体が霞が関の空に浮かび上がった。

 地上で見守るシンイチとカオルは、純粋な《力》の発露に圧倒されるしかない。

「ほっ!」

 アツミは、二人の前にいったん着地してから再び跳びあがる。そのスピードは、これまでよりも数段速く、まだ上昇を続けている《フンババ》へ簡単に追いついた。

「公園はあっち! ですね!」

 アツミは空中で回し蹴りを繰り出す。《フンババ》はボレーシュートのごとく、日比谷公園に向けて一直線に飛んでいく。

 どのタイミングで手配されたのか分からないが、公園を取り囲むように黄色い規制線が張られ、一般人の利用客は、すでに公園外へ退避している。その空間へ吸い込まれるように《フンババ》は落下し、地面にしたたか叩きつけられた。

「おのれ! 《人造女神》!」

 シーコの絶叫に呼応するように、《フンババ》のコクピット両脇のシャッターが開き、現れた銃口から弾丸が放たれた。しかも単発ではなく、連続しての発射である。機体の背部から薬きょうがバラバラと排出され、機体の黒い塗装面に傷がついていく。

「ふん!」

 日比谷公園の上空にたどり着いたアツミに、容赦なく鉛のシャワーが降り注ぐ。だが、アツミは光の粒子を前面に集めて弾丸の直撃を防ぐ。そしてふわり、と《フンババ》の前に着地した。

「どうしてこんなことするんですか? 危ないじゃないですか!」

 アツミが、すでにまともに動けない、黒い機体を指さして言った。

「どうしてだって? そんなの決まってるだろう? お前が《人類の脅威》だからだよ!」

「私が?」

「《ウトゥ》の首領、ムハンマド様はおっしゃっている。一万年前、人類は自らが作り出した女神、《人造女神》によって滅ぼされた! お前がよみがえったということは、その悲劇がもう一度繰り返されるということ! そんなことは、絶対に許さない!」

 二本のアームを地面に突き立て、残る力をすべて注ぎ込むかのように《フンババ》は本来の姿勢に復帰する。と、間髪おかず、高速回転する履帯が公園の舗装を砕いて巻き上げる。

「私は!」

 迎え撃つようにアツミも走り出す。両者が、真正面から激突する。

「アツミ!」

 歩道を走り、交差点を斜め横断し、ようやく公園にたどり着いたシンイチが声をかける。瞬間、激突の衝撃が公園内に広がる。木々が震え、公会堂の外壁がわずかに崩れる。

「私は《人類の脅威》なんかじゃありません!」

「減らず、口を!」

「ありません!」

  

 アツミは身体を低くして、《フンババ》の下面へもぐりこむ。そして履帯に触れないようにしながら、十トンを超す巨体を両の腕で持ち上げた。

「はぁ、はぁ、あのコ、何をする気?」

 カオルがようやく、シンイチに追いつく。

「さっきみたいに振り回したら、被害が大きくなるだけだ……」

 シンイチは瞬間で結論を出した。

「アツミ! そのままひっくり返せ!」

「え?」

「動けなくなればどうってことはない! 大丈夫だ!」

「わかった!」

 二人の目が合う。シンイチは大きくうなずいた。

「ぬりゃあああっ!」

 重量挙げのようにアツミは《フンババ》を持ち上げ、そのままジャンプする。機体の底をつかんだまま、重力を無視した動きでアツミが上になる。

「やぁあッ!」

 そのまま加速をつけて、《フンババ》を地面に叩きつけた。アームは、根本に集まった力によって破断した。構造材は想定していない方向へ曲がり、ケーブル類はそのほとんどが破断された。その断面から火花が散る。

「しまった!」

「何?」

「燃料に引火する! 早く離れろ!」

「でも!」

 アツミは《フンババ》のパネルを引きはがして機体の中に入った。

 その瞬間。

 漏れ出た燃料に、電気系統の火花が引火し、生まれた炎は空気をはらんで爆発となった。

「くっ!」

「うわッ!」

 突然の衝撃に、シンイチもカオルも吹き飛ばされた。火柱と、黒い煙が立ち上り、鋼鉄の破片、スプリングやパイプなどの内部構造があたりにまき散らされた。

「アツミ!」

 シンイチの呼びかけに言葉はかえってこない。炎は機体全体を包み込む。高熱を浴びて塗料は白化し、樹脂の使われた部分は溶けて流れ出している。それだけの高熱と爆風が放たれたにも関わらず、公園内の建物や木々への影響は無い。

「これって、昨日と」

 既視感、どころではない。シンイチは前日に同じような光景を目の当たりにしていた。大学の駐車場、自身のクルマが炎に包まれ無残な姿をさらしたのも関わらず、周囲には全く影響がおよんでいなかった。

「アツミ……アツミ!」

 炎の中、機体のパネルが剥がれ落ち、その中に動くものが見えた。

「アツミ!」

 ひとりではなかった。耐火スーツとヘルメットに身を包んだ《フンババ》の操縦者を胸に抱えて、アツミは炎の中から一歩ずつこちらへ歩いてくる。

「この人、ケガしていると思う」

 アツミは、操縦者、横山シーコを地面に寝かせた。ヘルメットのバイザーは熱のせいで曇っていて、表情や顔立ちをうかがうことはできない。胸は微かに上下していて、ヘルメットの内側から呼吸の音が聞こえる。

「そうだな、はやく救急車……あれ?」

 シンイチが携帯電話を取り出すよりも早く、救急車が公園へ入ってくる。規制線はまだ張られていて、一般人、そして一般の車両は入ってこれないはずだった。

「おかしいわネ? こんなところに入ってこれる救急車なんて」

 救急車は赤いライトを明滅させながらアツミたちの脇に停まる。そして二台から救急隊員が飛び降り、ストレッチャーが下ろされる。実に手際のいい、訓練された動きだった。

「すみません、下がってください」

 実に事務的に隊員は言い、手慣れた動作でシーコのからだを持ち上げてストレッチャーに載せた。

「ご協力、感謝します」

 そう言い残して、隊員はストレッチャーを荷台に収める。そしてタイヤのスリップ音とともに救急車は慌てて現場を離れる。

「あーっ!」

 シンイチは気づいた。白い車体に走る赤いライン。その下に刻まれた文字。

「U・T・U、《ウトゥ》、やられたワネ」

「なんと……。鮮やかなもんですね」

 カオルとシンイチは、その手際の良さに圧倒され立ち尽くすのみだった。

「ねぇねぇ、所長さん!」

 アツミが駆け寄る。

「見た? これが私の本当の力なの!

 こんだけの力があるだから、さっきの場所なんかじゃ、私は閉じ込められないよ?」

「それは、確かにそうネ……」

 カオルと、それにつられてアツミもシンイチを見る。

「え? 何ですか? 俺、何かしました?」

「そう、さっき、この騒ぎの前、何か言ってたわよネ」

「はい?」

 知らずに必死になっていて、本当に何を申し出たのか、何を訴えたのかをシンイチは本当に忘れてしまっていた。

「アナタ、アツミちゃんは自分が引き取るって言ってなかった?」

「ああ、そういえば、そうでした! すみませんちょっとこの騒ぎで」

「別にいいのヨ。これはこれだから。

 で」

「で?」

「いいワ。私の権限で、天堂シンイチに、《人造女神》の」

「所長さん! その呼び方さっきの人たちみたいでイヤです」

 アツミがほっぺたを膨らます。

「そうね。当研究所では《アツミ》で統一しましょう。で、天堂シンイチに《アツミ》ちゃんの専属研究員を任命するワ」

「はい? それとあれとどういう関係が」

「天堂クンは、二十四時間三百六十五日、すべての時間をついやしてアツミちゃんの監視と研究をしてほしいのヨ」

「二十四時間、三百六十五日? いくらなんでもそりゃブラック過ぎですよ!」

 シンイチが全身を使って不満をあらわにする。

「話を最後まで聞きなさいヨ。で、その研究に注力してもらうために、監視対象であり研究対象のアツミちゃんの《持ち帰り》を許可します」

「持ち帰りって、ちょ、何ですかその言い方? やめてもらえます?」

「あ、もう少し丁寧にしないとネ。

 えーと、天堂クンに、アツミちゃんの《お持ち帰り》を許可します」

「そうじゃないでしょ。そういうことじゃないでしょ所長!」

 シンイチが文字通り目を三角にして所長に詰め寄る。

「あの……シンイチ、優しくしてね」

 その頬はほんのり紅色に染まり、口元から吐息が漏れる。手を後ろで組んで、恥ずかしそうにしながらアツミは言った。

「お前も! お前もだよ! そういうのどこで覚えたんだよ! そういうことじゃないんだよ!」

 シンイチはジタバタしながら自身の潔白を主張する。

「じゃあもう今日から。お願いするワ」

「え? ちょっと待ってくださいよ、話が急に進みすぎでしょうが」

「タクシー呼ぶから、二人で仲良くね」

「はーい」

「所長も、アツミも! なあ! それでいいのかよ! それでいいのかよ!」

 シンイチの叫びは、《フンババ》からまだたちのぼる炎にかき消され、聞く者はいなかった。

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