第四章 実力のアビリティ-3
「ほう。で、なんでアンタたちはそんなにあのコにこだわるの?」
「《あのコ》だと? 人形に対して《あのコ》などと! よっぽど、あいつの世界に取り込まれてしまったようだな!」
余りに挑発的な物言いに、さすがにシンイチも黙っていられず、アツミは人形じゃない、と叫ぼうとしたとき。
「私は人形じゃない!」
背後から甲高い声が響いた。
「えっ、アツミ?」
話題に上った本人が、両のこぶしを握り締めて歩いてくる。姿は小学生そのもの、ただ服装は何で調べたのか、私立校の制服に代わっている。
「これはこれは! お人形さん自ら歩いてきてくれるとは、そちらの爺さんとボンクラを絞り上げる手間が省けたってものよ!」
シーコは《フンババ》のコクピットに戻り、ハッチを閉めた。大排気量のエンジンに火が入り、腹に響くようなアイドル音が鳴り始める。
「アナタ、どうやってあの部屋から出てきたのヨ?」
「えーとね、ゴメン、所長さん。あの檻も、あのガラスも、別に普通に引っ張ったり叩いたりすれば壊せたの、本当は」
「なっ……! あのスペースチタニウム製のケージと、人工ダイヤモンドミラーコーティングを施した強化ガラス、そして特殊合金TA三十二を五層に重ねた外壁が役に立たないとは……」
カオルは絶句する。
「でも、せっかく捕まえたと思ってるのに、ガッカリさせたら悪いなって思って。あとジュースもおいしかったし」
「なんてこと……。これが《超古代文明》の、《人造女神》の実力なのネ」
「え? 実力なんか出してないよ?」
アツミがいたずらっぽい笑顔を見せる背後で、《フンババ》がトラックから変形を始めていた。荷台に偽装した背部からは、折りたたまれた巨大なアームが伸びる。片側だけ追加の装甲が施され、左右非対称のシルエットが浮かび上がる。車輪は収納され、その代わりに展開された履帯ががっしりと機体を支える。そして運転席の上部からは、光学カメラをはじめとする各種センサーの集合体が、文字通り顔をのぞかせた。
「なんだよこりゃあ、完全に悪者ロボットじゃないか」
シンイチが率直な感想を口にする。
「んー……アツミちゃん。ひとつお願いなんだケド」
「なに?」
「あの悪者ロボット、やっつけちゃってほしいのヨ」
カオルが両の手を合わせ、身体をクネクネさせながらお願いする。
「えー、だって強そうだよ? 面倒くさい」
アツミは関心なさそうに、《フンババ》を見上げる。
「そう……」
カオルが両の手で顔を覆う。明らかに嘘っぽい大仰な動きに、シンイチは白い眼を向ける。
「あんなロボット一台やっつけられないようじゃ、《人類の脅威》なんて相手にできるわけないわヨね……。
《人造女神》って言っても、まあ、そんなモンよネ」
ビクッ! と震えたアツミが、ゆっくりと振り返る。
「所長さん……。こいつをやっつければいいんでしょ?」「ん?」
カオルが顔を伏せたまま、ニヤリと笑う。
「私の、一万年の眠りから覚めた《人造女神》の本当の力、見せてあげるよ!」
アツミは両の袖をまくって、ファイティングポーズをとる。「ちょっと、待て、街中っていうかここはこの国の中心だぞ? 建物が壊れたりしたらとんでもないことになる!」
さすがにシンイチは黙っていられないが、さえぎってカオルが口を開く。
「大丈夫! 後始末はどうにでもなるから、イイんじゃない? 存分にやっちゃってヨ」
「ありがとう、所長さん!」
アツミが満面の笑みを浮かべる。
「いいんですか、所長? あおるようなこと言って」
「天堂クン、閉じ込めておけないことがわかったのなら、どれだけの戦闘能力があるか、見ておく必要があるでショ?」
「そうなんでしょうけど……」
シンイチは腕を組んで、首をひねった。
「相談は終わったか、お人形と召使い! こっちからいかせてもらうぞ!」
三人の頭上から、赤熱した《爪》を備えた巨大なアームが振り下ろされる。
「だから!」
アツミはとっさに、シンイチとカオルの腰をつかみ、肩へ乗せるようにしてジャンプ。すんでのところでアームの直撃をかわした。一秒にも満たない時間差で、アームはアスファルトを叩く。黒い破片が砕けて辺りに飛び散った。
「うわわうわわうわわうわわ!」
坂の上にアツミは着地し、絶叫し続けるシンイチと、冷静なカオルを肩からおろした。
「だから私は! お人形じゃない!」
身軽になったアツミはもう一度跳びあがる。高低差も味方につけ、空中から《フンババ》を狙って跳び蹴りを試みる。
「やあーーっ!」
アツミの背中に光が集まる。まるでその背中を押して弾みをつけるように、急速に集まって、光は弾けた。
「甘い!」
シーコの気合の声が、《フンババ》の拡声器によって、霞が関中にまき散らされた。
強化されたアームが、まるで「盾」のように機体の前面に押し出される。
ガキン! とアツミのキックが命中するが、《フンババ》のアームは何とか持ちこたえる。だがその衝撃はすさまじく、周囲の建物の窓ガラスや、中央分離帯に立つポールが小刻みに振動した。
アツミは後方に跳んで、一度距離を置く。
「アツミ!」
シンイチが呼びかける。
「ここじゃやりづらいだろ! あっちに大きい公園がある!
やるならあっちの方が思い切り動けるはずだ!」
「うーん、わかった! やってみる!」
アツミはひとつうなずいてダッシュをかける。
「ほう、《人造女神》が素直に従った」
シンイチに聞こえないような小声で、カオルはつぶやく。
「確かに、イケるかもね」
直線的に向かってくるアツミに対して、《フンババ》は薙ぎ払うようにアームを回転させる。重量のある構造物が動くことで、あたりの空気がかき回され、唸りを立てる。
「ほっ」
左右から飛んでくるアームをかわして、アツミは跳んだ。まるでロケットのように、急激かつ垂直に、上空へ向けてちいさな体が舞い上がる。《フンババ》頭部のカメラがその姿を追って上方を向く。
「くっ、ちょこまかと!」
届かないことは分かっていたが、落下してくるところを迎撃しようと、シーコは《フンババ》のアームを頭上のアツミへ向ける。
「いまだ!」
またアツミの背中に光が集まる。舞い上がったのと同じ、いやそれよりも速く、猛禽類が獲物を狙って急降下するかのようにアツミが降りてくる。
「ええいっ!」
予測できない動きに、シーコも、また操縦をサポートしている《フンババ》のコンピューターも対処が追いつかない。
叩き落そうと振り回したアームは、対象を見失ってすっぽ抜ける。
フェイントをかけたアツミは、アームの先端をがっちりとつかんだ。
「あっちで!」
そのまま空中で背中を反らし、アツミは《フンババ》を持ち上げた。
「やりましょう!」
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