第四章 実力のアビリティ-2
カオルは両の手を、ボトムスのポケットに入れる。ため息とともに、少しだけ背中が丸くなる。
「協力関係って言うけどネ、我々は彼女の事、いや《超古代文明》の残した埋蔵物の事、そして《人類の脅威》へ対抗しえる生体兵器の事を何にもわかっていないのよ。何にも。」
「何にもって……。」
「何にもでしょ、実際。だからこうやってひとまず閉じ込めておかないといけないのヨ。エラい人とか、おカネ出してくれる人を安心させるためにはネ」
カオルの言い方は、軟禁、あるいは監禁とも思える状況を正当化するための卑屈さにあふれ、シンイチをイラッとさせた。だがその直後には「確かにそうだ」と思い直していた。
屈強な《ウトゥ》の実働部隊を足止めし、《フンババ》と呼ばれる巨大な戦闘マシーンの一撃を受けとめた、光の集合体。自身の姿を自在に変化させるだけでなく、衣服までも合成して作り出す《黒オリハルコン》の力。そして現代の言語を完全に理解し、さらに知識を身に着けようとする学習能力。それは全て、従来の学術的な常識からは大きく外れたものであるし、《超古代文明》を研究している者からしても想定外の事案としか表現しようのない存在だった。
それでも、シンイチは自分の内側から湧き上がる衝動を自覚していた。
繰り返し夢に見る、自分を救ってくれた光。アツミの横顔に、その少女の面影が重なるかは正直わからない。思い出は美化され、輪郭はあやふやになっている。それでもあれが夢の中の出来事ではない、シンイチ自身が本当に経験したことだという確証はある。その存在を、よくわからないから、あるいは研究のため、というありふれた理由で閉じ込めておくわけにはいかない。
「所長、でもやっぱり、アツミは、俺が感じる限りでは、今は人間なんです。人間の女の子なんですよ!」
カオルに向き合って、シンイチは言い切った。ここで、そんな大胆な発言をするつもりはなかった。しかし。
自分のやりたいこと。
自分のやるべきこと。
多少強引であっても、手元に引き寄せて現実のものにしなければいけない。エーコの、真っ赤になった瞳が思い出された。
「だから、やっぱり人間らしく扱ってあげないといけないと思います。それが、第一発見者としての、俺の考えです」
「ほう……」
カオルは、小さく震えるシンイチを眺めてニヤリと笑う。
「なかなか面白いことをいうわネ、天堂クン。さすが、と言いたいところだけど」
「う」
「いつ何時、あの強大なパワーが我々に向けられないとも限らない。昨日はたまたま《ウトゥ》の連中が犠牲になってくれたけど」
「いや死人は出てないです」
「言葉のアヤよ、もう~」
カオルが身体をクネクネさせる。
「すんません。いいです、話を続けてください」
「あらそう? だから、あのパワーが常にコントロールされてるって保証がない以上、簡単には自由にさせられないわよ」
「じゃあ、アツミの力を、常にコントロールされるようにすれば、いいんですね?」
「なに? どういう事?」
「それは……」
シンイチが、一歩前に出る。頭一つ上にあるカオルの顔を、物理的には下から見上げるかたちになったが、心の中では対等、あるいは上から見下ろしている錯覚を感じるほど、自分の中に《力》がみなぎっているのをシンイチは理解した。
「俺がアツミを引き取ります。俺が《人造女神》を、責任もって監視します。この条件で、どうですか、所長?」
「そうねぇ……」
カオルが腕を組んだ直後、胸元の携帯電話のバイブレーション音が響いた。
「はい、桃園です……なんですって? 桜田通りに黒いトラック? いつものことじゃない……なんですって? スピーカーから? 《人造女神》を連れてこいという声が聞こえる?」
「えっ?」
シンイチが思わず声をもらす。
「副大臣がアタシに対応させるように言ってるですって? 今すぐ外に出てこい? もう、《イナンナ》は面倒ごとの片付け当番じゃないのヨ、まったく!」
カオルは、携帯電話を折りたたみ、胸元に戻す。
「どうやら天堂クンが出くわした《ウトゥ》のメカがお出ましらしいわ。気が進まないけど、行くわヨ」
「え? え? ちょっとさっきの話の答えは? 所長!」
カオルは壁の一部に手をかざす。すると、パネルがスライドし、シンイチが入ってきたのとは別の通路が現れた。カオルは躊躇なくその通路へ足を踏み入れる。シンイチも小走りでそれに続く。振り返ると、アツミが手を振っている。何か声を出しているようだったが、シンイチの耳には届かなかった。
『……であるから! 封じられた忌まわしい産物は!
国会議事堂へ続く坂道の途中、マンホールに偽装した緊急ハッチから外に出ると、遺跡でシンイチが襲われたのと同じ、黒いトラック型の戦闘マシーン《フンババ》が停まっている。そしてあたりに向け、自分たちの主張を無差別に拡散させていた。唯一の救いは、スピーカーから聞こえてくるのが女性の声だということだったが、それでも語気荒くわめきつづめていれば不快になるのは必定である。
「まったく、《秘密結社》っていう割には態度が大きいんだよなあ」
「前からそうなのヨ、あいつらって本当、品がないワ」
カオルが変わらぬ足取りで《フンババ》の前に立った。
「ちょっと! うるさいわヨ! アタシに用があるんならアポをとってから来なさいよ!」
『おやおや、これは国立古代国家研究所の桃園所長自らご対応とは! この《秘密結社ウトゥ》戦略企画作戦室所属、横山シーコにとっては光栄の至りです!』
「うーん……エーコさんもそうだけど、本当に《ウトゥ》は存在を秘密にしておく意味があるのか?」
『おっとそちらは!』
不意に《フンババ》の操縦席が開いて、パイロットが姿を見せた。レーシングドライバーのような、耐火繊維のツナギを着用した姿は、エーコに比べると丸みを帯びた……なかなか表現が難しいが、有り体に言えばぽっちゃり体型の女性である。右手には、カールコードで放送設備につながったマイクが握られている。
「そちらは天堂シンイチさんじゃないですか! あぁん?」
田舎のヤンキーの威嚇、としか表現しようのない言葉づかいで、シーコはシンイチに対して凄みをきかせる。
「天堂シンイチ、コラ! テメェよくもエーコ様を泣かせたな! テメェ何したかわかってんのかコラ! あぁん?」
「別に泣かせたつもりは、って、なんで君がそんなこと知ってるんだよ? 君はエーコさんのストーカーか何かか?」
「テメェごときが『エーコさん』なんて気安く呼ぶんじゃねぇよコラ!
アタシはなぁ!エーコ様のことならいつでも! なんでも知ってるのさ! わかったか、ボンクラ! よく、覚えとけよ!」
「はぁ」
すでにシンイチは、まともに対応する気を失っていた。
「で、アンタたちの目的はナニよ? わざわざそんな、ヤキモチを宣言するために来たわけじゃないでしょ?」
すかさずカオルが割って入る。
「さすが桃園カオル、話が分かるな。
我々の要求はただひとつ! 貴様らが昨日、F県の遺跡から持ち帰った遺物、いや一万年前のお人形さんと言った方がいいか? とにかくそれを、即座に渡してほしいということだ!」
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