第四章 実力のアビリティ
第四章 実力のアビリティ-1
東京、霞が関。
言わずと知れた官庁街である。日比谷公園と国会議事堂に挟まれた区画の中に、わが国の運営をつかさどる省庁が数多く所在し、一億の国民が平穏な生活を送れるよう、多くの人々が働く現場である。
隣接する虎ノ門、あるいは内幸町といったエリアにも官庁にかかわりが深い企業がオフィスを構えており、平日の日中に行きかう人々は一様に、暗い色のスーツと履きつぶした革靴を身に着け、使い倒されたブリーフケースを持ち歩いていた。
そんな中、パーカーとジーンズ、そしてスニーカーで地下鉄を降りた青年シンイチは、自分の装いに気後れしていた。
午前中は
そのことをカオルに連絡したら、今度は《イナンナ》のオフィスに来てほしいという依頼を受けたため、その足で霞が関にやってきたという次第だった。
(やっぱり一回帰って着替えた方がよかったかな……)
片側二車線の道路が縦横に交差し、バスやタクシーが数多く行きかう。学生が集まる場所にしか行ったことのないシンイチにとっては新鮮な光景であった。そんな中でカオルから指示されたエリアは、フロアごとにことなる民間企業が入居する、テナントビルが立ち並ぶ一角だった。
「本当にここか?」
シンイチは何度かその前を通り過ぎ「国立古代国家研究所」の文字を探したが、それらしい看板やプレートを掲げた建物を見つけることはできなかった。
「違うよなぁ……」
カオルを呼び出そうと、シンイチが携帯電話を手にした瞬間、非通知で着信がはいる。不審に思いながらもシンイチは緑色のボタンを押した。
「はい」
「あもしもし、桃園ですけど」
「あ、えーと、所長! すみません遅くなってしまって」
「いいのヨ、どうせ道に迷っちゃったんだろうと思って」
「すみません。でも《国立古代国家研究所》の建物って教えていただいたところに無くて」
「あ、そういうコト? あのさあ天堂君?
アタシたちがその名前を表に出してるワケないじゃない?」
「え?」
「二階に《ヤムラ商事》が入ってる建物ヨ」
それは、指示された番地の上に確かに建ってはいたが、一角の中でも一際古く、見た目も汚いため真っ先にシンイチが「これじゃない」と思ったところだった。
「本当にここですか?」
「そうヨ。入ったらエレベーターで地下二階に来て。待ってるワ」
通話は一方的に切れた。シンイチは釈然としないまま、エントランスのガラスドアを開けた。入って真正面に、一基だけのエレベーターがある。壁に据え付けられた、各階宛の郵便受けは年季が入っていて、ステンレスの筐体は粘着テープの跡が一面に刻まれている。その中にも《国立古代国家研究所》の名前はない。いよいよシンイチは諦めて、エレベーターの下りボタンを押した。
「あれっ」
たどり着いた地下一階、降りた先にはホールがあるだけで、なにもなかった。天井照明に照らされた四畳半ほどの空間、床も、壁も、パンチカーペットのような黒い素材でおおわれており、扉や階段など、どこかへ続くものが全くない。文字通りの行き止まりだった。
「なんだよこれ」
とつぶやいた直後、ピッ、と短い電子音が聞こえた。それに続いて、正面の壁が左にスライドする。エレベーター側とは対照的な、白い壁、白い床の通路が突然現れた。
「このまま進めってことか」
通路は長く、前後に変化もないため、どれだか歩いたのかわからない。シンイチの体感だけ描写すると全く伝わらないので、十五秒ほど歩いた、ということにしておこう。
突き当りにはオフィスで用いられるような既製品のドアがあった。正面で立ち止まると何かを認証したのか、先ほどと同じ電子音が鳴り、ロックが外れたようなガチャン、という金属音が聞こえた。ようやくか、とため息をつきながらシンイチはドアを開けた。
「あっら~! ようこそいらっしゃい、国立古代国家研究所、統合本部オフィスへ~!」
「はあ、どうも」
出迎えたのはカオル一人だった。
「ここが、《イナンナ》ですか」
「そう。《人類の脅威》へ対抗するためにつくられた、我々の要塞ヨ」
「それにしては……」
殺風景だと、と言いかけてシンイチは口をつぐんだ。
大学で言うなら、生徒百人規模の講義を行えるような部屋の真ん中に、一般的なオフィスで使うような白い長机が置かれている。革張りでひじ掛けのある椅子と、背もたれのみのOAチェアがある。それ以外は何もない。壁際には段ボールが積まれているが、上に乗った荷物の重みに耐えきれず、下層のものはつぶれかけていた。
「ああ、説明させてもらうと、ここが今日からあなたのホーム。《イナンナ》の本拠地、統合本部オフィスよ」
「それはさっき聞きました。それより、アツミは、あの遺跡の《人造女神》はどこに?」
「おっと、やっぱりそれが気になる?」
「はい、もちろん」
「そう、じゃ案内するワ」
カオルは、シンイチが入ってきたのとは反対側の壁に近づく。地下であるがゆえに窓のない部屋だったが、この壁はガラスのようなつややかな表面をしている。だが、取っ手があるわけでも、開閉用のボタンがあるわけでもない。シンイチの目の前にあるのは単なる「壁」でしかない。
「あの」
「わかってるワ、ここよ」
カオルが壁に触れると、その手のひらから波紋がひろがるように黒の色が消え、透明なガラス質へと変化した。そして透明になった壁の向こうに、人影があった。
「アツミ!」
声は届いているのか、アツミは手を振った。
だがその姿は、大学のゼミ室で見たものとは大きく異なっていた。身長は縮み、顔立ちは幼さを感じさせる。一言でいえば、小学生くらいの子供に戻ったような姿だった。
そのアツミは、高級そうな革張りのソファに背中を預けてリラックスしているように見えたものの、周囲には金属の棒が縦横に張り巡らさされており、さながら猛獣を飼育する動物園の檻のようだった。
「所長! あれじゃまるでライオンか何かみたいじゃないですか?」
「そう? 本人はまんざらでもないみたいだけど」
ソファに並べて置かれたローボードには、高級そうな菓子の盛り合わせと、メロンやマンゴーなどこちらも高級そうなフルーツを上に乗せた、見るからに高級そうなドリンクのグラスが置かれている。
そして床には直接、大量の本が置かれている。ブリタニカ、広辞苑、六法全書、あるいは聖書や、仏教の説話集、宗教画の画集などなど。ジャンルも年代もバラバラだった。
『シンイチ~! 久しぶり』
「まだ一日しかたってないでしょうが」
アツミの声は、聞こえはするもののかなり小さい。それだけ、手前にあるガラス状の壁が厚いという事だとシンイチは推測した。
「なんか、昨日に比べると、ずいぶん小さくなったような気がするけど?」
『そう? だってここ狭いから。自分が小さくなれば、ちょっとだけど広く使えるでしょ?』
アツミはストローをくわえて、高級そうなドリンクをすする。
『でももう退屈よ。持ってきてもらった本とかも大体読んじゃったしね』
アツミが苦笑いを浮かべる。
「所長、ああ言ってますよ? こんなとこから出してあげた方が、協力関係を結ぶ意味でもいいんじゃないですか?」
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