第三章 悪酔いのドランカー-2

「それにしても、エーコさんと一緒にいた人たち、それから助けに来た、あのトラックというかロボットというか、あのメカは一体何なんです? ああいうのも《ウトゥ》なんですか?」

「あれは《ウトゥ》の実働部隊。私たちの活動の障害を、実力で排除するための非合法組織よ」

「非合法組織って、よくまあしれっとそんな事を……。まあ、エーコさんがひとりで銃を撃てるくらいだから、そりゃ合法なはずないですよね」

「そうだ、シンイチもこれ撃ってみる? 持ってきてるから」

 エーコが携帯電話でも取り出すような気軽さでバッグに手を突っ込む。

「うわー! いや、別にいいですよ!」

「あっそう」

 エーコは伸ばした手で缶をつかみ、ビールを喉へと流し込む。

「で、《ウトゥ》って何なんです? 秘密結社っていうくらいだから、まあ色々と秘密なんでしょうけど」

「まあ、存在は秘密にしとかなくちゃいけないけど、組織とか命令系統はそんなに厳密じゃないから」

「なんだかなあ」

「それでも、この場で聞いた話は、くれぐれも他言無用で」

 エーコは缶を置く。

「《秘密結社ウトゥ》は、世界にネットワークを持つ、ある共通の目的をもった人たちの集まりでしかない。表向きは。」

「ん? 表向きは? なんだか聞いたような?」

「そう? で、本当の目的は、シンイチが見つけたような、かつて地球上に存在した《超古代文明》の痕跡を見つけ出し、その謎を解き明かすこと。」

「んん??」

「そして、その《超古代文明》を一夜で灰にしたという《人類の脅威》の正体を解き明かし、その再来に備えての研究と対策を進めることが、私たちの本当の目的よ」

「んんん???」

 それはつい先ほど、大学のゼミ室でカオルが語った「国立古代国家研究所=《イナンナ》」の目的と全く同じであった。だがそれを口にしても、ややこしくなる予感しかしなかったので、シンイチは黙ってエーコの話を聞き続けた。

「《ウトゥ》はその目的を達成するためのスタッフを秘密裏に募集していた。連中は使える人材なら、性別とか国籍、学歴に関係なくあらゆる場所や組織、企業に属していたとしても区別することなく招待していた。私も、偶然だったけども、《ウトゥ》のスカウトを受けたってわけよ」

「スカウト、ですか……」

「そう。最初はさすがに怪しいとは思ったけどね。

 何て言っても秘密だし、非合法な活動でも平気でやるぐらいだから、世の中から表立って評価されるわけでもないし。でも、たとえ世の中から目を向けられなかったとしても、自分の能力がしっかりと理解されて、それに合ったことをやらせてもらえるっていうのは、なかなかできることじゃない。この上ない喜びであり、誇りなのよ」

 エーコは、新たにチューハイの缶を開ける。五百ミリリットル入りでアルコール九%。正気では飲めない、と語っていたのをシンイチは知っている。

 一口飲んで、エーコはため息をつく。濃厚なアルコールがエーコの身体にしみわたっていく。そう瞬間的に何かが変わるわけではないが、あきらかに人工的な甘みと酸味は、刹那、トリップ感覚を味わわせる。

 うるんだ瞳は変わらずの魅力を持っていたが、遺跡で見たときと同様の気味悪さも、シンイチに感じさせた。何がそんなにも以上に感じられるのか。酒飲みでないとわからない世界なのか。自分では理解しようのないエーコの一面に、シンイチは悩んでいた。

「ちょっと」

 と、エーコの声に、シンイチは我に返る。

「なんで何も言わないのよ」

 エーコはシンイチを見据えて言う。

「止めないんだ。それに、怒らないんだ」

「えっ、だって」

 もう決めてしまった、入ってしまった、その一員になってしまったのだったら、どうしようもないじゃないかと思うシンイチに、エーコが言葉を投げかける。

「だって《秘密結社》だよ? 非合法だよ? 大学やめちゃったんだよ? おかしいと思わないの? さっきみたいに危ないこともするよ? あのくらい序の口よ。もっともっと危ないこともあるかもよ? それでもいいの?」

「いや……それは、よくない、と、思います」

「思ったんなら、言ってよ。近くにいたんだから、言ってくれて別にいいよ。それをしないで黙ってるから、こんな風になって」

 エーコは顔を伏せる。シンイチは思わず立ち上がる。

「あ、危ないですよ! うん、やめて下さいよ、そんな活動にかかわるの」

「今さら遅いわよ」

 そうですよね、と言いかけてシンイチは奥歯を噛む。そしてそれ以上何も言えないまま、力なく腰を下ろした。

 また沈黙が、二人の間に横たわる。エーコは缶チューハイに手を伸ばして、ライム風味の甘さに包まれた、アルコールそのもののような液体を流し込む。

「シンイチって、最初っからそうだったわよね」

「へ?」

 不意を突いた言葉に、おかしな声が出る。

「まだ去年か。大学入りたてでキョロキョロしてるばっかりで。誰か捕まえて何でも聞けばいいのにそれができなくてさ。ホントもう、見てられなかったよ」

「う……」

 突然に、思い出したくない過去の話をされて、シンイチはまた、言葉を失う。

「私も放っておけばいいものをね……。何度か世話してる間に付き合おうって言ったのも、何というか、世話してたらしっかり独り立ちした理想の男になるんじゃないかっていう、勝手な期待があったような、気がする。今からするとね」

「そう言われても……」

 何も言い返せない。実際のところ、自由な学風で知られる我覇破大学で、一年間、大きなトラブルなく生活できたのは、エーコの手助けによるところが大きかった。シンイチは飾ることなくそう思っている。

「そいでもって、私がシンイチを導いてあげて、守ってあげて強くなったら、そのうち自分の手を引いてくれるような気がしてた」

「そんな……。エーコさんは、俺にとっては、いつまでも越えられない存在ですよ。エーコさんみたいに出来ないことばっかりです」

「え? 本気で言ってる?」

 シンイチはうなずく。

「エーコさんみたいに、人を動かしたり、大胆に思い切ったことなんてできないですよ。そういうところは、遠すぎて、届かないってあきらめてます」

「そっか……まあ、そんなもんよね」

 エーコは両の膝を抱える。短パンから伸びた両脚がやけに生々しく感じられた。

「自分が他人をどうにかできるなんて、エゴ以外のなにものでもないよね。私、気が付いちゃったんだ。シンイチを一人前にしてやるなんて、自分がすべきことじゃないし、自分がやりたいことでもない」

「自分が、やりたいこと」

 ストレートな言葉が飛び出して、シンイチは繰り返して口にすることしかできない。

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