第二章 疑惑のダウト-3

「国立コデ、コデイ、コダイコッコケ……あぁっ、言えない!」

 応接セットに三人座り、カオルから名刺を差し出されたシンイチは、左上に書かれた組織の名前に苦戦していた。

「国立古代国家研究所。まあこの名前よりも略称の《イナンナ》の方が、通りがいいわよ」

「《イナンナ》……。で、その《イナンナ》の所長の方が自らいらっしゃるというのは」

「理由はもう、わかってるでしょ」

 カオルとシンイチの視線が一点に集まる。

「私?」

 アツミが自分を指さす。

「そういうこと」

 カオルが足を組む。以前からこの部屋の主だったかのような振る舞いに、シンイチは不満を隠さない。

「で、《イナンナ》っていったい何なんです?今日はじめて聞いた名前ですが」

「そうね、まあ、オープンにはしてない政府直轄の組織だから無理もないわね。」

 カオルがソファに背中を預ける。

「私たち《イナンナ》は、アナタみたいな、考古学に取り組むカワイイ学生さんたちをサポートする国の機関ということになってるわ」

「なってる?」

「そう、表向きは。その本当の目的は、かつて地球上に存在した《超古代文明》の痕跡を見つけ出し、その謎を解き明かすこと。そして」

「そして!」

 アツミが身を乗り出す。

「その《超古代文明》を一夜で灰にしたという《人類の脅威》の正体を解き明かし、その再来に備えての研究と対策を進めることにあるってワケ」

「おお~なるほど~」

「なんでキミがそんなに感心してるんだよ」

「だって、一万年たっても、私の事を知っていて、助けてくれそうな人たちがいるなんて嬉しいもん」

「そうなのか……? なんか怪しいんだよな……」

 シンイチは腕組みする。

「それで……《人造女神》さん」

「アツミです!」

「じゃあ、アツミちゃん。あなたが良ければ、私たち《イナンナ》に協力してほしいんだけど、どうかしら?」

「それはもう喜んで!」

「返事が早いな」

「ありがとう。でもね、ひとつ確認したいことがあるのヨ」

 カオルが身体を起こすと、アツミと正面から向き合う形になる。

「確認? なんですか?」

「見せてちょうだい、あなたが本当に、超古代文明が作り出した生体兵器、《人類の脅威》に対抗しえた唯一の存在、《人造女神》なのかを、ネ」

「うーん、そう言われても、どうやったらいいのか……」

「あなたの戦闘能力、秘められたパワーが見たい」

「ちょっと、戦闘能力って、ここで何かやるんですか? 大学の敷地内ですよ?」

「うーん、そうだシンイチ、ちょっといい?」

「え?」


 アツミは二人を、ワゴンRの停まっている駐車場まで連れてきた。遺跡から戻ってきたときには気が付かなかったが、見慣れない黒塗りのセダンが一台、隅のスペースに停まっている。だがそれを気にしている余裕はシンイチには無い。アツミは、シンイチのワゴンRの前に立っている。

「何するんだよ……イヤな予感しかしないよ」

「あの、ちょっと危ないから、少し離れててね」

「わかったワ」

「ほら! なんか危ないことするんだろ! 持ち上げて落とすとか! 怪力で押すとか!」

 騒ぐシンイチに答えることなく、アツミは眼を閉じた。そして、開いた両の手を白い車体へ向ける。

「ふん!」

 瞬間、車体が炎に包まれた。内部から発生した爆風がガラスを砕き、衝撃波を食らったボンネットやドアが大きくゆがむ。しかし破片が飛び散ることは一切なく、ちょうど駐車スペースの枠内におさまって破壊が進んでいく。

「あー! あー! あー! あー!

 俺の! あー! あー……!」

 あとは言葉にならず、シンイチは膝から崩れ落ちた。自然とほほを伝ったしずくが、ポトリとアスファルトに落ちる。

「素晴らしいワ、アツミちゃん! 手も触れずに相手を破壊するパワー! しかも周囲に被害を広げない配慮まで! これが《人造女神》の力なのネ!」

「……本気はこんなもんじゃないですよ」

 振り返った瞳、その中に一瞬はなたれた冷たい光に、カオルはすくみ上る。

 シンイチに対しての説明では端折ったが、カオルは知っている。《人類の脅威》と同時に、《人造女神》自身がこの星にもたらした災いの正体を。彼女自身がそれを忘れているのか、忘れたふりをしているのか。カオルはつかみかねていた。

「ぬ……」

「うえーん、うえーん、えーんえーんえーん」

 シンイチの鳴き声が、カオルとアツミの緊張感を一気に吹っ飛ばした。

「あれ、そんなに大切なものだったの?」

「うー……うー……うー……」

 中古で七十二万円。三年間、三十六回のローンを組んでまだ半年も経っていない。発掘現場と自宅の行き帰り以外の使い方を、これから見つけていこうと思った矢先であった。シンイチは、助手席に乗せたい人だけでなく、クルマそのものも失ってしまったのだ。

「しょうがないわね」

 アツミは頭に手を伸ばすと、黒髪を一本つまみ、ブチッと引き抜いた。

「むっ、黒オリハルコンの結晶体を切り離した?」

「せーのっ、フッ!」

 アツミの手に乗った髪の毛は、風に乗って燃え盛る車両に吸い込まれていく。

 ガン! という金属の重い音が響いたかと思うと、一瞬で炎は消え、溶けたバンパーやひしゃげた車体は元の姿を取り戻し、何事もなかったかのように白いワゴンRが現れたのだった。

「えっ、マジ! 夢? いやさっきのが夢だったのか?」

 シンイチは飛び上がるように走り出して運転席のドアを開ける。内装も、小物類もまったく異状なく、すべて意図した場所にある。

「自らを構成する《黒オリハルコン》でクルマを元通りにするとは……。やっぱり恐ろしいコね」

 カオルは独り言ちた。

「これでいいでしょ? シンイチ」

「うぉーっ、すげぇ! へー! ほー!」

「聞いてる?」

「うん、いやー、よかった、助かった」

「聞いてないみたい、まったく」

「ハイハイ、デモンストレーションはそこまで。アツミちゃんの力が良く分かったのはいいんだけど、我々イナンナには、この力を研究すると同時に、この力が悪用されないように適切に管理する責任があると思ってるワ」

「責任……ってどういうことです?」

 不穏なにおいの言葉に、シンイチはワゴンRから這い出てカオルに向き直った。

「文字通りの意味よ。《人造女神》を、あなたがさっき会ったような得体のしれない組織に渡らぬよう、わが国の機関である我々が引き取ると言っているの」

「えっ……」

 シンイチは言葉を失う。これが埋蔵品や書物だったら何のためらいもなく渡したことだろう。だがキョトンとした顔で立っている人間を……ここまで考えたところでシンイチは気づく。人の姿をとり、人の言葉を発して人のようにふるまっているとしても、それは人間ではない、もとは宙に浮き、光をはなってエーコたちを撃退した、未知の素材でできた球体だったのだと。

「異論がないなら、そうさせてもらうワ。」

「は……」

 なぜだか「はい」とは言い切れない。シンイチの迷いに気づくことなく、カオルはアツミを促して、黒塗りのセダンへと向か……おうとしたとき、カオルがそうだ、と手をたたく。

「天堂シンイチくん」

「なんですか?」

「あなたはさっき、超・超特級国家機密を目にしたのヨ、自覚ある?」

「へ?」

「ないみたいネ。見てしまった以上は、アナタも、《イナンナ》によって管理する必要があるワケよ」

「はい?」

「なので、現時刻をもって天堂シンイチは我覇破大学を除籍。これはさっき教授さんにもお知らせして了承を得ているワ」

「えええええっ?」

 サラリと重大な事を告げられて、シンイチは反応に困る。

「そして同時刻から、我々イナンナのメンバーとして《人類の脅威》への備えを手伝ってほしいのヨ」

「ななななんですと?」

 仕組まれたとシンイチが感じる間もないほどに、一連の流れはカオルによって仕組まれたものだった。

「じゃあ、大学でいろいろ手続きがあるでショ? その辺が済んでからでいいから、さっきの名刺のところに来てネ。待ってるワ」

「え、あ、ちょ、えええっ?」

 カオルとアツミは今度こそセダンに向かって歩き始める。待機していた運転手が、後部座席のドアを開ける。

「あ……アツミ!」

 座りかけたアツミがドア越しに顔をのぞかせる。

「あ、やっと名前で呼んでくれた!」

「あの……」

 呼び止めたものの、何を言うべきか、何を伝えたかったのか、シンイチ自身が見失ってしまう。その様子を見るアツミにも、微かに不安の色が浮かぶ。そう見せているだけなのか、本当に不安なのかは、シンイチにはわからない。

「ほら、いくわヨ」

「はーい」

 カオルに促されて、アツミは後部座席に深く収まる。

 ドアが閉まり、重い排気音を残して黒いセダンは駐車場から出ていく。残された自分のクルマが、シンイチにはいつもより一際小さく見えた。

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