第二章 疑惑のダウト-2

「えっ? どうやった? どうやって俺の服を? そもそもどうやって俺は助かったんだ? それにそもそも、君は誰だ……というか、君は、何だ?」

「ちょっと、色々いっぺんに聞かれても答えきれないわよ」

「あっ、と、ごめん」

「まあいいわ。突然のことが多かったでしょうから」

 女性はやおら立ち上がって、シンイチを見下ろす。

「私は……あなたたちの数え方で言うところの一万年前。この世界を襲った《人類の脅威》と戦うため、その時の人たちによって作られた、生体兵器」

「はい?」

「名前は、アステラリエル・ツァーレ・ミリティエッラ……長いわね。《アツミ》と呼んでくれたらいいわ」

「はい?」

「私を目覚めさせたということは、《人類の脅威》が再びあらわれたということでしょ? どこにいるの? 教えてよ」

「はい?」

「だから、いま……シンイチだっけ? あなたと、あなたの大切な人が《人類の脅威》に襲われて大変なんでしょ? でも大丈夫。私が目覚めたからにはコテンパンにやっつけてあげるんだから!」

「あの……?」

「なに? 遠慮なんてすることないのよ? 《人類の脅威》を滅ぼすことが、私のつくられた理由なんだから」

「あの……《人類の脅威》って何ですか?」

「え?」

「いや、そのキミが、一万年の眠りから覚めた生体兵器だっていうのはわかったけど」

「あら、理解が早い」

「それは昔おやじが……いや、おやじのことはどうでもいい。で、キミが狙ってる《人類の脅威》っていったい何なんだ?」

「えーと、そうね……」

 アツミは頬に人差し指を当てて、宙に視線を泳がせる。生体兵器と言いながら、仕草は完全に人間だと、シンイチは思った。

「こう、黒いモクモクしたのがウワーッとやってきて、なんていうか、ドカーン! ガシャーン! っていうヤツよ」

「……全然わからん……」

「だーかーらー」

 アツミが身を乗り出してきたとき、シンイチの携帯電話がブルブルと震え出した。説明しようと手足をブンブン振り回すアツミをスルーして、シンイチは電話に出る。

「もしもし」

「ああ、天堂君かね。私だ、長谷川だ」

「あっ、教授! あの、まだ俺現地なんですけど、あの、すごいことが」

「知っておる。その様子だと大丈夫なようだな、よかった」

 考古学ゼミ担当教授からの言葉は、いつもより淡々としたものに聞こえた。

「教授?」

「そこの調査は、《国立古代国家研究所》が引き継ぐそうだ。君は、はやくその場から離れたまえ」

「え? 何でですか? コクリツコデイ、コデ、コダイコケ、って! 言えない! なんですか?」

 問いかけへの答えはなく、通話は一方的に切られた。

「教授……どうしたんだ?」

「……なのよ? そうやって封印されて、私は一万年もの間、ずっと待ってたのよ」

 携帯電話と入れ替わるように、アツミがずいっと顔を近づける。

「聞いてた?」

 近くでみると、人間の肌とまったく変わらない質感を持っているのがよくわかる。

「ごめん、あんまり」

「え~。じゃあもう一度」

 アツミの言葉を遮るように、いくつものエンジン音、それも大排気量の野太い音が次々と集まってきた。壁のようなガレキに阻まれて姿は見えないが、止められた車両から次々と人が降りてくる様子が音だけでもわかる。

「あれが《国立古代国家研究所》、お、言えた、の……」

「ねえ、シンイチ、聞いてよ」

「はやくも名前を呼び捨てかいって……そうか、ごめん」

「え?」

「ここの遺跡は、いま来た連中が改めて調べるらしい。だから、埋蔵品だった君も」

「アツミよ」

「うん、えーと、だから君もあの人たちの調査対象だ。俺は大学に戻らなくちゃならないから、じゃあね」

 シンイチは足早にその場を離れようとした、が、パーカーのフードをつかまれてしまった。

「何するんだ!」

「何するんだってシンイチの方よ! せっかく長い眠りから覚めたっていうのに、いきなり放っておかれて、置いてかれちゃうなんて、ひどい! ひどいわ! こんな仕打ち!」

「人聞きの悪いことを言うな!」

 シンイチがツッコんだ直後、いま何か音がしたぞ、むこうだ、崩落した現場の方だぞ、という男たちの声が聞こえてきた。

「ねぇ」

 アツミがシンイチの腕にしがみつく。二の腕に、アツミの胸の柔らかさが伝わってくる。

「私を連れて逃げて!」

「どこで覚えたんじゃそんな言葉!」

「あなたの記憶からよ」

「へ? ……って、もう、わかったよ! 行くぞ!」

「やったあ!」

 シンイチはアツミの手を引いて、そそくさとその場を後にした。

 その直後、入れ替わるように白い防護服に身を包んだ所員があらわれ、ガレキのなかにぽっかりと浮かんだ無傷の空間を調べ始めた。《国立古代国家研究所》の所員たちが続々と集まっていくのを尻目に、シンイチのワゴンRはそろり、と発進したのだった。


 我覇破がはは大学。東京・馬鹿田駄々ばかだのだだにキャンパスを構える、わが国屈指の巨大私立大学である。文系・理系それぞれで多くの学部・学科を持つ総合大学だが、中でも文学部考古学科は世界でも最先端の研究成果をあげており、多くの著名な研究者、あるいは探検家を輩出していた。

 シンイチもその道を目指して現役合格。大学生活は二年目に入ったばかりだった。

 遺跡を出てから一時間半。休憩なしのロングドライブをこなし、キャンパスの隅にある駐車場にワゴンRを停めたシンイチは小走りで教授の部屋がある建屋へ向かった。

「これがダイガク? この時代の学校ってわけね?」

「そうだよ」

 小走りに廊下を抜けて、階段を上る。

「それにしては人があんまりいないのね?」

「まあ今日は日曜で、普通の講義は休みの日だからさ」

「ふうん……。じゃあなんでシンイチは休みの日に学校に来てるの?」

「まあ、俺は他に楽しみもないからさ。土日祝日夏休み冬休み、……いつでもここに居座ってるよ」

「ああ! それでさっきの女の人にも嫌われちゃったのね」

「んごはっ!」

 平らできれいな廊下なのに、シンイチは足をもつれさせて転んだ。リノリウムの床に顔面が擦れた。とても痛い。

「キミは……本当に一万年前の生体兵器なのか? 信じられないよ」

「そう? よくわからないけど」

「まあいいや……」

 痛みに耐えてシンイチが立ち上がったところが、連絡してきた教授の部屋、兼考古学ゼミの部屋だった。

「よし、電気がついてる。中に教授がいるみたいだな」

 二度、ノックする。

「天堂です。入りますよ」

 シンイチがノブをつかむよりも早く、内側からドアが開いた。

「あら、早かったのね」

 太いが色気のある声。長い手足を、濃いバイオレットのスーツが無理なく包んでいる。そして、歳を重ねた形跡はあるものの、中性的な雰囲気をまとった、知らない顔。

「あの……どちら様ですか?」

「あなたは!」

 アツミが一歩前に出る。その様子を見て、謎の人物が笑みを浮かべる。

「知っているのか?」

「えっ? 知らないよ? キレイなヒトだなって思っただけ」

「だあっ!」

 アツミのとぼけた態度にシンイチは再び転ぶ。その様子をみてアツミはフフフ、と小さく笑った。

「あら笑うのね。そちらの《人造女神》さん」

「アツミです!」

「え? あなたはこのコのことを知ってるんですか?」

 シンイチが立ち上がりながら尋ねる。

「もちろん。あ、自己紹介が、まだだったわね。アタシ、桃園カオルです。ま、立ち話も何ですから」

 カオル、と名乗った人物は手慣れた様子でシンイチとアツミを部屋へ招き入れようとする。

「ちょっと桃園さん、教授は、長谷川先生はどちらに?」

「ああ、カレは少し協力してほしくて、我々の研究施設へお送りしている最中よ」

「我々? 研究施設? あなたも《秘密結社》の一員なんですか?」

「そうじゃないわ。これからそれを、説明させてほしいの」

 落ち着き払った態度に、シンイチは不信感を募らせた。

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