2022-2023 年末年始特別短編 第2弾1/1

【初詣】

「待った? 紅花」

「今来たところですけど。というか、なんでわざわざ神社待ち合わせなんですか。本部から一緒に行けばいいじゃないですか」


「分かってないなー、これがデートっぽくていいんだよ」

「あーはいはい」

「紅花が冷たい~」


 梓と紅花は、深夜の鈴守神社にいた。あと十五分もすれば、日付が変わって新しい年になる。せっかくの初詣、二人は晴れ着を身に纏っている。


「振袖、似合ってる。綺麗だよ」


 普段は巫女服で赤が基調の服だが、今日は大人っぽく淡い紫色の着物にしてみたのだ。可愛い、ではなく綺麗と言わせたことに、紅花はひっそりとガッツポーズをした。それを悟られないように、梓の服装に目を向けた。


「梓さんも、いつもそれくらいきっちりしてたら、格好がつくんですけどね」

「素直にかっこいいって褒めていいんだよ?」

「カッコイイデスネ」

「わあ、すごい棒読み」


 色紋付袴に藍色の着物で、待ち合わせの時にすぐに見つけられるくらいには、かっこよくて、目立っていた。でも、それを口にするのは、少し悔しい気がする。


「じゃ、行こうか」

 ごく自然に手を掬い取られて、そのまま、手を繋いで神社の中を歩く。さすが初詣、人が多くて、手を繋いでいないとはぐれてしまいそうだ。


「あ、紅花、御神酒もらおうか」

「いいですよ。忘年会ではあまり飲まなかったようですし」

「え、それ誰に聞いたの」

「秘密です。それはそうと、お酒我慢して、えらかったですね」


 にやりと笑いながらそう言うと、梓は何か言いたそうに口を開いたが、結局何も言わずにぎゅっと一文字に結んで固まった。


「反応子どもですか」

「子どもはお酒飲まないから! すみません、御神酒を二つください」

 二人は、御神酒を手に持つと改まって向かい合った。


「今年もお疲れ様でした」

「こちらこそ、お世話になりました」

 ふと、梓の視線が人混みの中の一点で留まった。


「誰か見つけたんですか? あっ」

 灯とトキの姿を見つけた。二人で初詣に来ているようだ。


「偶然だな。声かけようか」

「待ってください。あちらもデートみたいですし、声はかけない方が……」

「ん? 今、あちら“も”って言った?」

「そ、れは、梓さんがそう言ってたからつられて」

「可愛い」

「……っ、馬鹿にしないでください!」

 結局、梓の方が一枚上手で、悔しい気分だった。


「あ、紅花さんだ!」

 トキの方がこちらに気付き、手を振りながらこちらに駆けてきた。灯も渋々といった様子でついてきていた。灯も気付いていて、あえて声をかけなかったのかもしれない。

 トキも振袖を着ており、桃色の着物が可愛らしいトキの雰囲気と合っている。


「振袖、可愛いわね、トキちゃん」

「うんうん、似合ってる」


 後ろにいた灯がなぜか表情を硬くして固まってしまった。灯自身は、晴れ着ではなく、カジュアルな服装で、少し寒そうだが、マフラーがあるから大丈夫なのだろう。


「おーい、どうした、灯。あ、もしかして、まだトキちゃんに可愛いって言ってなかったとか。他の人に先に言われてショック受けてるのか」

 何も言わないが、表情を見るに図星らしい。なんだか悪いことをしてしまった。


「紅花さん、手に持ってるの何ですか?」

 話を聞いていないのか気にしていないのか、トキは紅花の手元に興味津々だ。


「これは御神酒よ」

「お酒でしたか……」

「向こうに甘酒もあったよ、行ってみたら?」

「そうなんですか! ありがとうございます。灯さん、行きましょう」

「あ、ああ」


 紅花と梓は、二人の後ろ姿を見送りつつ、お参りの列に並ぶことにした。今から並べば、新年を迎えたタイミングでお参り出来そうだ。



 トキと灯は、甘酒をもらい、じんわりと手のひらに温かさを感じていた。

「今更ですけど、甘酒ってお酒じゃないんですか」

「甘酒は、原料が酒粕のものと米麹のもの、二種類ある。これは米麴の方だから、アルコールはない。安心して飲むといい」

「わーい。じゃあ、いただきます!」

 トキは、一口甘酒を口にした。トロっとした舌触りに優しい甘さが顔を出す。


「美味しいです!」

「それは良かった」

 灯が、そわそわとしながら、何度もトキの方を見ている。


「灯さん? あ、もしかして、甘酒を飲むのにマナーとかあるんでしょうか。何も考えずに飲んでしまいました」

「え、いや、正式な場ではないから、マナーは気にしなくていいと思うぞ」

「そうなんですね、良かったー」

「その、トキ、振袖似合っている。可愛い、と思う。……言うのが遅くなってすまなかった」


 それを言おうとして、そわそわしていたらしいと気付いて、トキはそれだけで嬉しくなってしまう。


「ふふっ、嬉しいです」

「こんなに遅くなったのに、か」

「灯さんに言ってもらうのが、一番嬉しいんです」

 ゴーンと鐘の音が聞こえてきた。新しい年が、やってきた。


「あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとう」

「今年もよろしくお願いします。灯さん」


「新年の願い事や目標は決めたか?」

「ずっと灯さんと一緒にいたい、にします!」

「それは神社じゃなくて、俺に言えばいいだろう」

 灯は視線をしっかりとトキに向けて続けた。


「叶えてやるから」

「! 灯さんかっこいいです! 好きです!」

 ストレートなトキの言葉にはさすがに照れが勝ったらしく、灯は顔を赤くしてそっぽを向いた。


「じゃあ、灯さん願いはあたしが叶えます!」

「そうか。……なら、ずっと一緒にいてもらおうか」

「はい、もちろんです!」



【こたつでぬくぬく】

 無帰課の会議室の様子が、一変していた。毛足の長いカーペットが敷かれ、その真ん中には、こたつが鎮座している。ミイ、イツ、ムツの三人がすっぽりと収まっている。


「はあ~極楽~」

「ムツ、それは温泉入った時に言うやつだよ」

「暖かくて気持ちいいんだから、いいんですよ」


 こたつのテーブルの上には、イツとムツが昨日のうちに買い出しにいってくれた、お菓子やおつまみが並んでいた。ここから出なくても、充分に過ごせるくらいに。


「あら、定番のみかんがないわ」

「昨日ちゃんと買って来たんですけど……。イツ先輩、知らないですか?」

「えーっと、確か潰れないように籠の中に入れて、あっ、あそこに置きっぱなしだ」

 イツの指さした台所の棚のところに、確かにみかんの入った籠があった。


「イツ先輩、取って来てくださいよ」

「やだ。ムツ行ってきて」

 二人とも暖かいこたつから出たくないようだ。かく言うミイも出来れば出たくない。


「じゃあ、じゃんけんしましょうか。負けた人が取りに行きましょ」

「うう、分かりました」

「仕方ない」


 じゃんけんぽん、と出した手は、ミイがパー、イツもパー、ムツがグーだった。


「ムツよろしく~」

「あー、世界が寒いですー」


 文句を言いつつも、素直にみかんを取りに行ってくれる。すぐに戻って来るかと思いきや、やかんでお湯を沸かし始めた。


「もう出ちゃいましたし、ついでなので、お茶淹れますね」

「ありがとね、ムツ」

「あっ」

 ミイは、急に声を上げた。その視線は時計に向いている。


「ミイ先輩どうしたの?」

「お祈りの時間だわ」

「あ、ほんとだ」

「祈り室に行きましょうか。ムツ、せっかくだけど、お茶は後でね」

 ミイとイツもこたつから出て立ち上がった。


「えー、二人とも出るんですかー」

「お祈りに休みはないわよ」

「それは分かってますけど。三人とも出るならさっきのじゃんけん何だったんですかー!なんかちょっと損した感じになってません?」


「なってないなってない」

「イツ先輩、適当!」


 三人は約十分後にお祈りを終えて戻って来た。三人でお茶の準備をして、みかんも忘れずに連れて、再びこたつの中にすっぽりと収まった。


「お茶美味しいですね、あったまります」

「こたつには、やっぱりみかんがないとね」

「ふふ、いいお正月だわ」



【鍛錬】

 正月休みなので、葵はベッドの上でごろごろとしていた。たまにはこういうのもいい、と思いながら。


 コンコン。


 ドアがノックされた音で、葵は起き上がった。筆頭も紅花も出掛けているから、心当たりがなくて、首をひねりつつドアを開けた。


「はい、誰ですかー」

「史叶だ」

「え!」


 びっくりして、ドアを閉めそうになった。史叶は、上下ジャージを着ていて、動きやすそうな恰好をしている。


「これからランニングに行くんだが。行くか?」

「元日から!?」

「強くなるには関係ない。行かないからいい。邪魔したな」

「待って! あたしも行く。ちょっと待ってて!」


 葵は勢いよくドアを閉めると急いでジャージに着替えた。いつもの制服でも良かったのだが、ジャージを着ている史叶と並ぶと変な気がした。


 外に出ると、冬の空気が冷たくて、気持ちが良かった。史叶と葵は、並んで走り出した。そこまでスピードは出さず、長めの距離を走る予定らしい。


「お前は体力があるだろう」

「うん。体力馬鹿って言われる」

 走りながら、史叶は話しかけてきた。葵も息を切らすことなく答える。


「周りに合わせてセーブするんじゃなく、それを伸ばすべきだ。体力が他のやつよりあるなら、持久戦になれば勝てる確率があがる」

「なるほど」

「同時に、攻撃を避けるすべも身に付けるべきだ」

「え? 傘で防げばいいのに」


「効かないこともあるだろ」

「うっ、それはそうだけど」

「それに、彩を温存できるならそうした方がいい。持久戦に持ち込まれたら困るやつは一発にかけてくる。それを確実にかわせれば、ぐっと勝率が上がる」

「ふむふむ」


 公園の近くまでやってきて、屋台が出ているのが見えて、二人は減速した。史叶は、少し息を切らしている。


「わあ! 屋台がある!」

「少し休憩にするか」

「うーん、あたしはもう一周だけしてくる」


 史叶の話を聞いて、やる気満々な葵は再び駆けだしていった。ちなみにこれくらいでは、全く息は切れていない。色々な屋台を見ながらのランニングは楽しい。


 同じ場所に戻ってきたら、史叶の姿が見えなくなっていた。


「帰っちゃったかなー」

「ほら」

「!」

 急に、目の前に赤い丸いものが差し出された。


「りんご飴だ!」

「食べたかったんだろう」

「え、なんで知ってるの?」

「対象を観察する目も必要なことだ」

 りんご飴は一つだけで、史叶は何も買っていないようだ。


「あなたは何が好きなの?」

「それを観察しろ、と言ったんだが」

「隠してて、見せる気ないじゃん」


 葵は、りんご飴にかぶりついた。パリパリの飴とシャクシャクのりんごの組み合わせは、いつ食べても美味しい。


「じゃあ、走るの勝負して、あたしが勝ったら教えて」

「しない」

「あたしの不戦勝。ほら、教えてよー」

 テニスの高速ラリーのような反射神経の会話で、史叶はため息をついた。


「……分かった、おれの負けだ」

「教えて教えて」

「焼きとうもろこし、だな」

 史叶は、屋台を見ながら答えた。


「美味しいよね! タレがちょっと焦げてるところとか。よし、買いに行こうよ」

「お前、まだりんご飴あるだろ」

「両方食べるの。甘いのしょっぱいので交互に食べるんだもん」

「まじか」


 両手に、りんご飴と焼きとうもろこしを持ってご満悦の葵。史叶が、焼きとうもろこしを食べて、口端に少し笑顔を浮かべたのを、葵は見逃さなかった。対象を観察、実践である。

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