特別編
2022-2023 年末年始特別短編 第1弾12/31
【幹部忘年会】
「かんぱーい!」
二階の会議室に、女郎花の元気な声が響き渡った。
テーブルを囲んでいるのは、管理課課長の女郎花、修理課主任の修、警備課の筆頭、そして無帰課チーフのミイの四人だった。年長者ばかりで、ミイは緊張していた。
「ミイ、そんなに緊張しなくていいわよ。幹部の集まりと言っても、ただの忘年会だから」
「そうそう。飲んで食べて、愚痴を言う会だからさ」
筆頭は、そう言うと早くも用意されたおつまみに手を付けている。
「愚痴というか、お互いに困っていることを解消出来たらって感じかな。ミイ、何か困っていることはないかい?」
修に問われて、ミイはうーん、と考え始めた。愚痴も困っていることも特に思い当たらない。
「イツもムツも、よく働いてくれますし。お祈りもいつも通りに……あっ」
「あら、何か思い当たることがあったかしら」
「制服が白いので、少しの汚れが目立ってしまって。落とそうと頑張ってみたんですけど、なかなか」
「じゃあ、修理課にある洗剤貸すよ。才が暇だからって色々改良してて、効き目すごいから」
「ありがとうございます」
本当に困りごとが解決した。ミイはようやく緊張が解けて、乾杯からずっと持ったままのジュースに口を付けた。
「そういう修はどうなのよ。何かないの」
「そうですねー、才が最近はよく出かけるようになりまして。それはいいんですけど、端末を置いたまま出かけるので、どこに行ったか分からなくて困ることが多々ありまして」
「端末を開発した張本人なのに?」
「ずっと部屋に籠る生活をしていたから、持ち歩く習慣がないようで」
「ワタシ、はなのさとでよく会うわよ」
「確かに俺も飲みに行くと、たまにいるな」
筆頭が、またもおつまみに手を伸ばしながら言った。
「あら、あんまりお酒飲んでないじゃない。どうしたの」
忘年会というだけあって、お酒も用意されていた。だが、女郎花の言うように、筆頭は最初の乾杯の一杯の後は、ほとんど飲んでいないようだった。
「この後、紅ちゃんと約束があってね。あんまり飲むと怒られるから」
「嬉しそうですね」
「まあね」
「そういえば、史叶の様子はどうなの?」
「あー、そうだね。警備課の保護下で、大人しくしてるよ。罪悪感から、距離というか壁がある感じかな。ああでも、葵は例外。あの子は体当たりして壁ぶち壊してたから、葵に任せれば大丈夫じゃないかな」
「信頼しているのね」
「そりゃね。管理課の新人ちゃんも、だいぶ制服が板についてきたと思うよ」
「僕もそう思います」
二人から言われて、女郎花は自分のことのように、にこにこと笑っている。
「そうねえ、トキちゃんもほぼ独り立ちしたし、助かってるわね。でもいつでも人手不足って感じね、管理課は。年末も大変だったわ」
「女郎花さん、無帰課がいつでもお手伝いしますから、声かけてください」
「ありがとうねー、ミイ」
いつの間にかお酒が進んでいたらしい女郎花に、頭を撫でられた。いい子いい子と、されているが、あんまり悪い気はしない。
「ミイも飲む?」
「あ、修さん、ありがとうございます」
その後も、愚痴というか、自分の課の人たちの自慢話などで、忘年会は盛り上がった。こういう会なら、またあってもいいかも、とミイは、微笑んだ。
【おせちの準備】
はなのさとには、竜胆がカウンターの内側に、鈴蘭がその隣に、そして才がカウンターに座っていた。
「見事なものだな」
才は、目の前で次々に作られていく料理たちに感心の声を上げている。竜胆はその反応に少し得意げな気持ちになる。才は、お世辞は言わないから、本当にそう思ってくれていると分かる。
「ふふん、すごいでしょ!」
「なんでランが威張るん」
「えー、私だって手伝ってるじゃん。ちょっとくらい威張ってもいいでしょ。ねえ、才くん!」
「いや、俺が見事だと言ったのは、料理の腕のことで、手伝いのことではない」
「もう! 今のは流れで頷くことじゃん!」
「そうなのか」
才は、鈴蘭の言うことを真面目に受け取って、頭を悩ませているようだ。
「流れというのは、どこからどこまでのことだろうか」
「えっ、ごめんごめん、そんなに真面目に聞かなくていいんだよ」
「そうなのか」
再び不思議そうな顔をして、才は頷いていた。
「ところで、こんなに作ってどうするんだ」
「言ってへんかった? おせち料理を作っているんよ」
「それは見たら分かる。聞いているのは量の方だ」
「本部の皆に振る舞うから、たくさん作っておくんよ。これくらい作っても、毎年綺麗になくなるからなあ」
カウンターにはすでに隙間のないほど料理の乗った皿が並んでいて、テーブル席の方にも、皿が並び始めている。カウンターから出てきた鈴蘭がそのうちの一つ、伊達巻を摘まみ上げると、ぱくっと口に放り込んだ。
「む、つまみ食いしているぞ」
「これは味見だもん。手伝いをしたら、味見していいんだもん」
「まだ正月じゃないのに、食べるのか」
「細かいことはいいの。才くんも食べたかったらお手伝いだよ」
才が、竜胆の方を見て悩んでいる。おせち料理はお正月に食べるもの、という考えと、鈴蘭が美味しそうに食べるのを見て食べたくなった気持ちとの間で揺れている、というところだろう。
最近はなのさとによく来るようになって、竜胆は才の表情が意外と分かりやすいことを知った。
「才くんもしてみる?」
「ああ、手伝う」
どうやら食べたい方が勝ったらしい。
「じゃあ、これを木べらで潰しながら混ぜてってくれへん?」
「分かった」
木べらを受け取ると、才は真剣な表情で、さつまいもを潰していく。慎重な手付きで、危なげない。
「才くん、元々手が器用やから、安心して見てられるわ」
「そうか」
「ちょっとリン! 私は安心出来ないのー?」
「ランは飽きると雑になるんやもん。あと、食べすぎやよ」
「うっ」
次々に料理に手を伸ばす鈴蘭を、さすがに制した。このままだと明日までに一人分減ってしまう。
「これでどうだ」
黙々と手を動かしていた才が尋ねてきた。さつまいもが綺麗にペースト状になっている。
「うん。完璧やね。じゃあこの栗を入れて、混ぜてな」
「分かった」
つまみ食いを禁止された鈴蘭が、じっとカウンターの方を見つめてくる。
「こうやって並んでると、夫婦みたい」
「夫婦ではないぞ」
「分かってるよ!」
何を言っているんだ? と不思議そうな顔で首を傾げる才と、照れを期待していたらしい鈴蘭は不満げだ。
「はいはい、栗きんとん完成やよ。二人とも、味見してみて」
「美味しい!」
「美味い」
「それは良かったわ」
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