十三話『ため息』

"テイトの鼓動が段々と大きくなる"


完璧かんぺき】の再発動にはまだしばらく時間が必要だ。まずは、矢を受けたカメを回収する。

「【回収コレクト】!」


"テイトの鼓動が人間の速度を超えた"


ミルフの時と同じくトルトスの身体を光が包む。丸い光のかたまりになって、アルフのネックレスの中に吸い込まれて行った。


"テイトの鼓動が更に強く、更に速くなる"


アルフの元にクロウとヒヒが迫る。さて、どうするべきか…。


"テイトの鼓動が更に更に強く、速くなる"


「ヒヒヒ、終わりにしましょう」


「カッカッ、さて」


(ダメだ、時間が足りねぇ。ここまでか…。)

額を流れる汗。アルフが目をつむる。


"テイトの鼓動が更に更に更に強く、速くなる"


テイトの指がピクリと動く。三人は気付かない。腕を地面に付き、ぬらりと立ち上がった。三人が注目する。うなだれており、その表情は確認できない。


「おや、まだ動けましたか、ヒヒヒ」


「カッカッ、なかなかしぶといですね」


アルフは目を開く。眼前に、さっきまで地面に倒れていたルイボルの息子。


アルフは思う。いや、そんなはずは無いだろう…。全身に矢を受けて、こんだけ血が流れ出てて、平気な人間がいるものか、と。


「ha...haha」

「ahahahaha!!!!」

突然手を広げ、背中をそらし笑い出すテイト。テイトの顔は瞳孔が開き、口角が上がっている。辺りに響くテイトの狂ったような笑い。


「おや、気でも触れましたか?」


「竜の子として生まれたばかりに…」

「かわいそうに…直ぐにでもあの世に送って差し上げねばいけませんね」


再びうなだれるテイト。ヒヒが額で手印を結ぶ。ふと、クロウとヒヒが異変に気付く。


二人が魔王から借りてきた"闇"。【戒忌日蝕】アグリプス状態の二人が戦い易いように魔素を常に供給してくれている闇。


その闇から魔素が、


「不味い!ヒヒ殿!」


「分かっています!ふんっ!」

テイトの身体を燃やそうと、ヒヒが力を込める。しかし、テイトの周りを黒い魔素が激しく渦巻き、ヒヒの攻撃を阻んだ。


「hahahahaha!!!!」

黒い渦の中、二人は見た。こちらを見つめる淡い黄金色に輝く二つの瞳を。魔王様と同じ、いや。それ以上の尋常ならざる威圧感。


感じたことのない恐怖がクロウとヒヒ、二人を襲う。ブワッと冷や汗が出る。全身に鳥肌が立つ。身体が強張る。


テイトの周りを渦巻いていた魔素が止んだ。背中に刺さっていた矢は抜け落ちて、傷口は何事も無かったかのように塞がっている。


オクトとの戦闘時と同じく、テイトのこめかみから、額に向けて銀色のツノが。肘から指先、膝から足先に黒鉄色のウロコ、ツメが。


テイトは再び竜に成った。


アルフの方からは背中しか見えないが、この異常な威圧感。昔、感じたことが一度だけある。忘れようとしていたずっと昔の記憶。


思い出したくない過去の記憶がよみがえる。あの日、あの場所で会ったあの竜と同じ…。アルフは使用可能になった【完璧かんぺき】を再度発動した。


クロウが上空に飛翔し、距離を取る。ヒヒが改めて力を込める。最大火力で。テイトの全身が炎に包まれる。ゴウゴウと燃える身体。


「ヒヒ!こっ、これでどうだ?…ひっ?!」

テイトの身体は燃えている。だが燃えた皮膚がすごい速度で、すぐさま元通りに再生している。ヒヒの腕を掴むテイト。響く笑い声。


テイトがもう一方の拳を握り込む。禍々しいオーラ。あれを食らったら不味い。見ただけで不味いことは分かるが、身動きが取れない。


ヒヒが掴まれた腕を振りほどくため、強引に腕を振り回そうとするが、びくともしない。乱暴に顔面を殴打するが、びくともしない。お腹、足を何度も蹴るが、びくともしない。


むしろ、殴ったり蹴ったりした自身の身体の方が、傷付いている始末。全身の力が抜ける。ヒヒは死を覚悟した。直後顔面に衝撃。


横から殴られたのに、上から押し潰されるような衝撃。ヒヒの顔部がせんべいのように平べったく変形した。吹き飛ばされる。


激しく地面に打ちつけられるヒヒの身体。すさまじい衝撃により、地面にめり込む。ヒヒの体内の魔核コアが砕け散った。


身体が石のようになり、ボロボロと崩れ落ちる。崩れ落ちた塊は次第に小さくなり、風で飛ばされる砂のようにサラサラと消滅した。


テイトが息を吸う。身体中を取り巻いていた炎が口に吸い込まれる。炎を全て吸い込んだ。特にダメージを受けている様子も無い。


クロウは怯えた。"次はお前だ"と言わんばかりに、自身を見つめる淡い黄金色の瞳に。

「くそが!これならどうだぁ!!!」


上空のクロウがテイトに向け、翼をはばたかせる。はばたきに合わせ、羽根が抜ける。抜けた羽根は矢に変化。無数の矢が雨のように降りそそぐ。


「カッカッ!どうだ!…あぁ、あああ?!」

クロウが放った矢はテイトに命中していた。が、矢は刺さる事なく、折れ曲がり、辺りに散らばっていた。テイトの笑い声が響く。


逃げなくては!竜の子の捕獲など不可能だ!幹部の座などもはやどうでもいい!クロウがテイトに背を向けて逃げようとする。


不幸中の幸い。奴には翼が無い。ここまでは追って来れないだろう。今までで一番、自分に翼があって良かったと思った。


ドンッ!とクロウの後方から衝撃音。振り返ると、竜の子の姿はそこには無く、地面に大きな窪みが出来ていた。


どこに消えた?そう思う間もなく、背中から首元を掴まれる。片方の翼がもがれる。

「ぐあぁぁぁ!痛い!痛いぃぃぃ!」


翼をもがれたクロウはバランスを失い、地面に急降下する。テイトが拳を握り込む…。


何なんだコイツは?自身が発動した【完璧かんぺき】にヒビを入れ、破壊まであと一歩の所まで迫った青年。突然意識を失い、地面に突っ伏したルイボルの息子。


「ルイボル、テメェとんでもないものを残していきやがったなぁ、あぁ?」

一人空を見上げるアルフ。ため息一つ。

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