十二話『奥の手』

再度戦闘開始。雄たけびを上げながら再び現れた影人形の方へ向かって行くミルフ。先程よりも威力が上がっている爪攻撃。噛みつき。


弾けた影人形の黒い体液で、全身が黒く染まるミルフ。赤い瞳が二つ暗闇に映える。


クロウが再び【曲矢カーブアロー】を放つ。今度は矢の本数が多い!しかし、ミルフは動じることなく、曲がる軌道を瞬時に読み、尻尾ではたき落としたり、掴んで見せた。


素人目だから詳しく分かんないけど、トルトスさんがかけた【強化呪文バフ】によって、ミルフさんのパワーとスピードが上がったように見える。分かんないけど。多分ね。


この戦いが終わったら、獣化についてのこととか【強化呪文バフ】について。聞きたいことが沢山ある。みんな無事でありますように。


「【ウルフ鉤爪クロー】!」

ミルフの両手のツメが白く光り、光が長く伸びる。腕を振り下ろすと、光が斬撃となって、クロウとヒヒの方へ向かって飛んだ。


やったか!?いや、ダメだ!斬撃の威力は凄まじく、クロウとヒヒの後ろに立っていた木をやすやすと切り倒した。


だか、斬撃はすんでの所で避けられ、肝心の二人を捉えることは出来ていなかった。惜しい!地団駄地団駄。踏み踏み。


「もう一度っす!【狼の鉤爪ウルフクロー】!」

今度は近距離で斬撃を放とうと、二人に近づくミルフ。放たれる矢を避けながら近づき、白い光の爪を伸ばす。


「今度は外さないっす」

捉えた!ミルフとそれを見ていたテイトが確信する。ヒヒが額で手印を作るよりも速く、腕を振り下ろした。


「ぐわあぁぁぁ!」

悲鳴が響く。声の主は…ミルフだった。ツメがヒヒに直撃する直前、瞬時にミルフの全身が燃え出したのだ。火だるまになるミルフ!


「ヒヒヒ!上手くいきました!いかがでしょうか?私の炎の威力は!」


「ミルフさん!」


これは流石のアルフも予想していなかったようで、一瞬驚いた表情をのぞかせる。

「…オイルだ、あのサル、影人形の体液にオイルを含ませてやがった」


「ヒヒヒ、ご名答!その通りです」

「私の影人形は特別に、引火性の非常に高いオイルを混ぜて造ってあります」


炎に巻かれ、苦しみもだえるミルフ。ヒヒが牙を見せて不気味に笑う。

「私の影人形を切り裂いた狼男さんは、影人形の体液を浴びて、全身オイルまみれ」

「そして、私の【円炎フレアサークル】範囲内に入って来たものに、自動的に火を点ける呪文です」

「あとは…お分かりでしょう」


「…オオカミ!戻れ!【回収コレクト】!」


ミルフの全身が光に包まれる。丸い光のかたまりになって、アルフが首から下げるネックレスの中に吸い込まれて行った。


アルフの魔法【完璧かんぺき】は、外側からの攻撃を完璧に防ぐことが出来る便利な魔法だが、欠点もある。


実は、壁の内側で発動した魔法も、壁で防がれてしまい外側まで届かないのである。


この性質を利用して、敵を壁の内側に拘束したりも出来るが、今回のように補助魔法でのサポートや、攻撃魔法などを使用する場合、【完璧】を解除する必要があり、隙が生まれてしまう。


敵の射手クロウは、その隙を見逃さなかった。素早く羽を矢に変える。

「カッカッ、まずは完璧の魔女から」


矢を放つ。アルフめがけて飛んで来る複数の弓矢。テイトが気付いた時にはもう遅い。


トルトスがおよそ高齢者とは思えない動きで素早く動いた。クロウの方に背中を向けて手を広げ、アルフの前に立ちはだかる。アルフをかばいその身で矢を受ける。


トルトスの背中の甲羅で防げた矢もあったが、腕や足、首と頭に矢が命中してしまう。

「アルフ、すまん…」


トルトスは地面にバタリと倒れ込んだ。

「カメ!」

「クソ!不味いな…」


「トルトスさん!」


「カッカッ、それでは改めて」


第二矢が複数飛んでくる。一度解除した【完璧】を再度使用するにはしばらく時間がかかる。『せめてルイボルの息子だけでもどこか遠くに』アルフの脳裏に柄でもなくよぎる。


テイトの顔を見ると決心した表情。倒れたトルトスに替わりテイトがアルフの前に立つ。


ダメだ!やめろ!アルフが言うより速く、アルフをかばいその身で矢を受けるテイト。もちろんテイトの背中には甲羅は無いので、背中で直接矢を受ける。背中側が矢だらけ。


「アルフさん、逃げて…」

そう言い残し、テイトも地面に倒れる。


「ッ!まさか完璧の魔女をかばうとは…」

「カッカッ、まぁ死体でも良いとのことなので問題無いでしょう」


「ヒヒヒ、クロウ殿お見事です」

「あとは念のため魔女を始末しましょう」


「あぁ、最悪だ…」

万全を期して、"ヨロイ"も召喚しておくべきだったか。召喚にも時間はかかるし、後悔先に立たずだわな。死を覚悟するアルフ。


地面に倒れているテイト。流れる血。段々と意識が遠のく。何も考えずにアルフさんの前に立っちゃった。背中めっちゃ痛い。


アルフさん。ごめん。僕に関わったばかりに…。ミルフさんトルトスさんもごめん…。


結局僕は誰も守れないんだな。二人の家族の顔が脳裏に浮かぶ。笑顔の二人。親父の最期の顔。さらわれるクエラの悲鳴。三角巾。


…思い出した。忘れてた。そうだ、クエラを助けなくちゃ!こんな所で死んでたまるか!


テイトの停止しかけていた心臓が、再び微かに鼓動し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る