七話『覚醒め』
テイトは衝撃で動けない。物理的な衝撃じゃなくて、精神的な衝撃。心のショックが大き過ぎて、身体が固まってしまったように動かない。
あ、あ…ダメだ。声も出せない。膝をつき、口を開けたままのテイトの頬に涙がつたう。
しばらくして辺りに立ち込めていた砂煙が落ち着いた。そこには上半身だけになったオクトが居た。
「ぐうぅぅ!…くそっ!ルイボル!最後の最後まで厄介な男だ!憎い!」
そんな。親父の命と引き換えの爆発でも生きているなんて…。
オクトがテイトに気付く。
「おっといけない…」
「…まぁしかし、貴方と貴方の妹さんに被害が出ないように爆発の範囲を抑えたようですね」
「そのおかげで私は自らの下半身を切り離し、爆発から逃れ致命傷を免れることが出来ました」
オクトが左右一本ずつの触手で自身の下半身を持ち上げ、立ち上がる。
「それでは、竜の子を回収します」
オクトがテイトの家に向けて這いずる。待て!と言いたいが声が出ない。オクトの前に立ちはだかりたいが、身体が動かない。
「貴方は…私の【
「放っておいても息絶えるでしょう」
オクトはテイトの家に侵入する。家具が倒れる音。何かが割れる音。しばらくしてクエラの悲鳴が聞こえた。
クエラの声が途絶える。家の中からクエラを肩に担いだオクトが出てくる。
クエラは気を失っているのか動かない。テイトはまだ動けない。
つれさらわれるクエラの頭から三角巾が外れ、眼前に落ちた。思い出す。おせっかいで、いつもダラダラしてる僕のことを気にかけてくれるクエラ。洗濯、掃除、ご飯。家事をいつもやってくれるクエラ。大事なかわいい妹。
親父はもう居ない。クエラを助けられるのは僕だけなのに。こんな時に僕は何をやっているんだよ!ちくしょう!動け!動け!動け!
テイトの人差しがピクリと動く。その小さな動きは親指、中指と連鎖していき、握りこぶしが作れた。
グッとこぶしを握り込む。前腕、上腕、肩と次々に動かせる範囲が広がっていく。ついにはプルプルしながらも、立ち上がることができた。
クエラを担いだオクトを見据える。
怖いし策もないけど、じっとしていられない。テイトは震える身体にムチを打ち、オクトに向かって行く。
闇を出現させ、扉を開き魔界に帰ろうとしているオクト。彼が担ぐクエラのだらんと垂れた腕を全身で掴む。
「クエラを…離せ!」
「…はぁ、邪魔だ」
溜め息をついたオクトは、鬱陶しそうに、触手を水平に払った。触手がテイトのみぞおちに当たる。
途端に頭と背中に衝撃。頭の中が真っ白になる。一瞬のことで分からなかったが、吹き飛ばされた身体が、家の壁に衝突したらしい。
「がはっ!」
吐血するテイト。横たえる。衝撃で身体中の骨が折れたのか痛い。苦しい。呼吸ができない。音が聞こえない。
…多分このまま死んじゃうんだろな。
人ってこんなに呆気なく死ぬんだ。
視界に映るオクトは、クエラの身体を闇の中に仕舞い込もうとしている。
心臓の鼓動がだんだんと弱まっていく。そのうち心臓が停止した。
知らなかった。心臓が止まっても意識ってあるんだ。
あぁ、悔しいなぁ。
ルネル・ネルネさんには会えなかったし。生で見るとキレイなんだろな。
親父のプチトマトが何で甘いか、結局分からなかったな。やっぱりヤバいもんが入ってるのかな。
何となく恥ずかしくて、親父に"親父の生き様カッコいい"って言えなかった。
クエラにいつも心配してくれてありがとうって言えなかった。
普段から二人にもっと、ありがとうって言っておけば良かった。
遠くの街とか他の村とかにも行ってみたかった。
こうなってみると、僕ってやりたいこといっぱいあったんだな。
何も出来ずに終わるんだな。
…待って。
"心臓が再び微かに鼓動する"
何で僕が諦めないといけないんだ?
悪いのはオクトだろ!
(テイトはいままで生きてきた十七年間、本気で怒ったり、悲しんだりと言ったことが無かった)
"鼓動が段々と大きくなる"
何だあのタコ!突然来て全て奪って行きやがった!
(本人の小さなことは気にしないのんびりした性格も、もちろん関係あるが)
"鼓動が人間の速度を超えた"
あぁ!憎い!憎い!憎い!
(ルイボルがネガティブな出来事からテイトを遠ざけていたためだ)
"鼓動が更に強く、更に速くなる"
許さない!許さない!許さない!
(彼は今、父親を失い妹をつれさらわれそうになっている)
"鼓動が更に更に強く、速くなる"
あの世で呪ってやる!
(自身の身体もボロボロで、心臓も止まり、突然全て奪われた幸せな日常)
"更に更に更に更に強く、速く"
いや、違うな。
(今日の出来事がテイトを
「"この手で殺してやる"」
どこからか何者かの声がする。
『あーあ、起こしちゃった。』
…突如、オクトの背中に感じる尋常ならざる威圧感。ブワッと冷や汗が出る。全身に鳥肌が立つ。タコなのに。
焦るオクトがすぐさま振り返るが、さっきまでそこにあったはずのルイボルの息子の身体はそこには無い。
代わりにそこから何かが飛び出したような大きなクレーター、窪みがあった。次にオクトが見たのは宙を舞う自身の触手。
オクトのうめき声は、テイトの笑い声で掻き消される。
テイトのこめかみから、額に向けて銀色のツノが。肘から指先、膝から足先に黒鉄色のウロコ、ツメが。瞳は淡い黄金色に輝いている。
テイトは竜に成った。
オクトは触手を振るうも、容易く掴まれ、千切られる。一本、また一本と触手が無くなっていく。響く笑い声。
オクトは【墨呪】をテイトに吐くも、墨は新品のフライパンのようにサラサラと地面に流れ落ち、効果は無い。
あぁ、嫌だ!死にたくない!…
…今思えば【墨呪】をルイボルの息子も浴びているのに、死なずに動けていることに疑問を持つべきだった。
頭部のみ、ヒゲだった触手を使い、命からがら魔界に帰還したオクトは仲間に話す。あれはただの竜人ではないもっと他の…。もっと恐ろしい…。
…暗かった空は元の晴れた青空に戻った。テイトは気を失って、地面に仰向けに寝そべっていた。
生えていたツノとウロコ、ツメも元に戻ったが、父ルイボルと妹クエラは戻ってこない。
しばらくして森の方から声が聞こえてくる。若い男性の声。
「姐さん!見つけました!」
その声の先には、どう見ても姐さんには見えない幼女。気怠げに答える。
「ん。」
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