六話『作戦』

ちょっと前。テイトが家に転がり込んだちょうどその時。外でオクトと対峙するルイボル。横目で自宅の方を確認する。


テイトは…家に入れたか。良かった。

…ヤツらはクエラを傷付けずに確保したいはず。家を壊そうとすることはないだろう。二人で待っていておくれ。


さて、影人形は…何とかなる。問題はオクトだ。オクトのような"魔人"の倒し方は魔核コアを身体から引きはがすか、魔力を全て使い切らせるしかない。


さらに、【戒忌日蝕アグリプス】状態のオクトには打撃による物理攻撃は効かない。手持ちのメスだけでは致命傷は与えられないだろう。最終手段は…。


にらみ合う両者。…しばらく続いていた沈黙を破り、オクトが喋り出した。

「クトクトクト…そんな攻撃では何度やっても同じですよ!立ち上がりなさい!影人形達!」


オクトの号令に応えるように黒い水溜りが再び人の形を成す。

「行きなさい!影人形達!」


再びルイボルに攻撃しようと迫り来る影人形達!


だが、普段から常に先を見越して行動する冷静沈着なルイボルが三年前。クエラを狙う影人形達から襲撃を受けたあの日から、何も対策を行っていないはずも無かった。


ルイボルはコートの内ポケットからスキットルを取り出し、キャップを外した。中に入った透明な液体を影人形達に浴びせる。


液体に触れた影人形の身体からシュウシュウと音を立てて白い煙が上がる。うめき声を上げて悶える影人形達。


ルイボルが取り出したスキットルの中身は聖水を特殊な製法で蒸留し、聖水内に含まれる"聖力"の濃度を高めた"蒸留聖水"だ。


動きの鈍くなった影人形に魔力を込めた掌底を打ち込む。先程までと異なり、影人形の身体は液体にならず、風化した岩のようにボロボロと崩れた。


うむ、やはり影人形には蒸留聖水が有効だ。あとはこの方法がオクトにも通用するかどうか…。


「クトクトクト…ふむ、あの液体を受けた影人形は再生成できなくなると…そうですかそうですか」


と言いながらオクトは、はじめと同じように空中に円を描く。紫色の輪が出現し、触手になった腕で中から影人形の元になる黒い球体を取り出す。


新たに二体の影人形が現れた。オクトの号令でルイボルに飛びかかる!


ルイボルが身構えた瞬間、攻撃の直前で影人形の身体が弾ける。ルイボルは身体中に黒い液体を浴びた。


何だ?ルイボルがそう思ったとき、ガクンと身体の力が抜け、立っていられなくなった。


ルイボルが膝をつく。呼吸がしにくく苦しい。オクトのほうを見る。


「クトクトクト…やっと効果が現れましたか」「貴方に効果があると言うことは、あの"忌々しい女"にも効果があるはず」


「実験はまぁ…成功でしょう」

「課題は効果発現時間の短縮ですね」「クトクトクト…」


頭を上げているのもつらくなり、下を向く。視界がぼやけてきた。苦しい。


「クトクトクト…冥土の土産に教えて差し上げましょう」「貴方が身体中に浴びたその黒い液体は【墨呪ボクジュ】」

「私の墨に常人なら数滴浴びれば死に至る程の呪いを付与したもの」


オクトが何か言っているが、くぐもって正確に聞き取れない。


「貴方のように呪力に耐性が有ると効果が出るまでに時間と回数が必要のようですがね」

「ルイボル、お別れです…」


虫の息のルイボルにオクトが近づき、触手を振りかざす。心臓に狙いを定め、とどめを指そうとしたその時。家からテイトが飛び出し、叫ぶ。


「親父ーーー!!!」

テイトは持ってきた袋いっぱいの光の水晶を空へ放ち、そこめがけてランタンを力いっぱい投げつけた。


(以下、著書【水晶について】より。)

 水晶は繊細で、少しの衝撃でも場合によっては砕けてしまいます。

 水晶が砕ける瞬間、水晶に残る各属性の魔力が一気に放出され破裂。事故の危険があります。

 その為、水晶の保管は慎重に行う必要があり…。


…テイトが投げつけたランタン内の炎の水晶が、衝撃で炎を放ち破裂した。その衝撃で、袋の中の光の水晶も光を放ち破裂。辺りを眩い光が激しく照らした。


テイトが目を開けると残っていた二体の影人形は消滅していた。ルイボルとオクトの方に目を向ける。


オクトは…立っていた。特にダメージを受けた様子もなく。突貫で考えた作戦は無念に終わった。


「クトクトクト…光は確かに苦手ですが、傷を負うほどではないですよ」

「では、気を取り直して」


「やめろっ!親父っ!」

あぁ…嫌だ。嫌だ!嫌だ!親父が殺されてしまう!心臓の鼓動が速くなる。


オクトはルイボルの方を振り返り、再び触手を振りかざす。その時!瀕死のルイボルがオクトに飛びかかりオクトの腹に腕を回した。

「ほぅ、まだ動けましたか」

「やはり、しぶといですね」

「んっ?…まさか!貴様!」


ルイボルの身体から煙が立ち昇る。


「はっ!離せ!」

回した腕を振り解こうと、ルイボルの背中に触手を何度も打ち付ける。


「テイト、クエラを頼む。」

最期の言葉はテイトに届いたのだろうか。声になっていたのかも定かではない。脳裏にテイト、クエラが幼かった頃からの記憶が次々によみがえる。三人で暮らした日々は私にとって、とても貴重で大切な思い出になった。ありがとうテイト。ありがとうクエラ。


ルイボルが静かに目を閉じる。ルイボルはオクトを掴んだまま爆発した。

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