五話『竜の子』

「…三年前、今の家に引っ越しする前は森の中の家に住んでたでしょ?」


「あの日は、お兄ちゃんが街に映画を観に行った日だったんだけどね」

「今日と同じようなことがあったの」


「洗濯物を干してたら空が突然暗くなって 何だろな?って思ってたら」

「お父さんが家から飛び出してきてね」

「それと同時に暗闇から何人か人が出てきて私の方に近づいてきてたの」


「フードで顔は見えなかったんだけど」

「私怖くなってしゃがみ込んでた」

「そしたらお父さんが私の腕を掴もうとしてた一人の手を蹴り上げて、私に家の中に居るようにって言ったの」


「私怖いけど何とか立ち上がって家の中に入って布団にくるまってた」


「…しばらくしてお父さんが身体中ボロボロになって帰ってきて安心して泣いちゃった私をぎゅっとして、大丈夫だよって言うから」

「私それ聞いて更に泣いちゃったの」


思い出した。映画を観て家に帰ったら、親父が顔に絆創膏と腕に包帯をしてたから、どうしたのか聞いたら『クエラだと思って振り返ったら熊だった』って。あの時はめちゃくちゃ笑ったけどそんなことが…。


映画館の中に居たから空が暗くなったことに気づかなかったのかなぁ。

その時も親父は、影人形たちと戦っていたのだろうか…。


もう一つ分からないことがあった。

「それとさぁ〜クエラ"竜の子"って何のことかわかる?」


テイトがたずねると、クエラは一瞬驚いたあと表情を曇らせ、下を向いた。


顔を上げたクエラはテイトの顔をしばらくじっと見つめていた。その後、何かを決心したように話し始めた。

「…私も帰ってきたお父さんに聞いたの」「何であの人たちは私を捕まえようとしていたのかって」


「その時は理由を聞いても分からなかったけど、一年前に何となく分かったの」

クエラはそう言いながらいつも被っている白の三角巾をシュルリと解いた。


結んだ玉虫色の髪を手ぐしで解かす。

そこには、ヒトには本来なら有るはずのない"ツノ"があった。


「私があの人たちが狙ってる"竜の子"なんだって」「三年前にお父さんから聞いた時は実感なかったけど、実際にツノが生えてきて本当にそうなんだって思った…」


「普通じゃなくておかしいでしょ?ビックリしたよね?…怖いよね?」

クエラは、再び下を向いた。


妹にツノが生えていることを知ったテイトだが、"ビックリした"とも"怖い"とも特に感じなかった。ツノが生えていてもいなくても、テイトにとってクエラは大事な家族で妹だからである。


「別にぃ」

「いつも通りのかわいいクエラだよ」

怖がられる、軽蔑されると思っていたのだろうか、テイトのほうを向いたクエラの顔には安堵の表情が伺える。瞳が涙で潤み出している。


「ストップ!泣かないでぇ」

コクリとうなずいたクエラは袖で自らの目をゴシゴシした。


「…それで、どうしよっか」

「親父は今も戦っているんだよねぇ」

正直、親父なら一人でも大丈夫な気がするけど、相手はよく分からないタコ人間だ、何をしてくるか分からない。何とかして手助けしたい。そもそもタコなのか?ヒトなのか?…分からん。


クエラから聞いた話を整理する。

一つ、影人形達は光に弱く、一度に大量の光を浴びると身体が弾けて消滅するらしい。(親父のメスで切られた影人形が復活したのは致命傷を与えられていなかったためなのか?)


そのため明かりのついている家の中までは入ってこないらしく、家が倒壊して、明かりが消えない限りは安全らしい。(この家に引っ越したときに、照明多くね?と思ったが、襲撃に備えてだったのかも。)


一つ、クエラが竜の子と言われる所以は、物心つく前に僕らを親父に預けて消息を絶った、母親から竜の力が遺伝したためらしい。(覚えてないけど、母親もクエラみたいにツノとかシッポとか生えてたのかな?)


一つ、竜の力がどんなものかは親父もよく分かっていないみたいで、竜の力のことは"テイトには言わないように"と言われていたらしい。オクト達がクエラのことを狙う理由も分からない。また、僕には竜の力は遺伝していないようだ。


以上。分からないことだらけ。


心配そうなクエラに"絶対親父と二人で帰ってくる"と言い残し部屋を出た。


とりあえず、押し入れから両手いっぱいの光水晶を取ってきて袋に詰めた。窓から外の様子を伺うと、あれからしばらく経ったが、まだ戦闘は続いていた。影人形は二体、親父は身体中に黒い液体を浴びている。


やっぱり、親父は強いなぁ!


その時!突然親父が膝をついた!オクトがなにかいっているが、ここからでは聞こえない。膝をついた親父のほうにオクトが触手をクネクネと動かしながら近づいていく。


脳裏に最悪な結末がよぎる。

親父がオクトの触手に貫かれて絶命する結末。あり得ないと思っても心臓がバクバクする。もし現実になったら?


…嫌だ。嫌だ!嫌だ!


「親父っ!」

テイトは考えるより速く飛び出した。

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