三話『異変』

飛び出してきた男性はあわてている。

「お待ちしておりました!母さん!」

「ルイボルさんが来てくれたよ!」


「おやまぁ、いつもありがとうございます」


「遅くなってしまい申し訳ない。」

「さっそく診察を始めます。」


聞くとこの家の母親は身体が弱く、度々連絡をもらっては、こうして診察に来ているようだ。


…診察を終えコート内側のポケットから薬を出し、男性に渡すルイボル。

「大丈夫、ただの風邪です。」


その言葉を聞きほっとする男性。

「良かった…」

「最近、遠くの町で流行っている伝染病だったらと心配だったのです…」

「ルイボルさんありがとうございました!」


…お代を貰い家を出た。そう、親父の本職は医者です。


あまり自分から話したがりませんが、親父は昔、軍医として各国を回っており、その時の経験を活かして現在は医者をやっています。


しかも困っている人を放っておけない性格のようで、頼まれると嫌だと言わず、お願いを引き受けては何でも解決してしまいます。


親父に面と向かって言ったことはないですが、そんな親父が格好良いと思う。実は。


そんな親父の背中は、いつもより大きく見えた。誇らしげにルイボルの背中を見つめ、ほほえんでいたテイト。突然あっ!と思い出し、頭を抱える。


いけない!今日町に来た本来の目的。ファン交流会のことを、すっかり忘れていた!外は暗くなっている!

「うぉお!今何時だ!?」


辺りをキョロキョロと見回し、時計を探す。町の中央の広場に、小さな時計台があることを思い出す。男性の家から見て右手側に広場。


目を凝らし時計台を確認。時刻は十四時半を指している。

「焦った〜!まだ昼か…あれ?それにしては…」


暗い。夜中と間違えるくらい暗い。また、どこにも月も太陽も見えない。更に不思議なのが、自宅の方角は街よりもっと暗く見えた。


外に居た住人が異変に気付き、ざわざわしている。建物の中に居た住人も、ぞろぞろと外に出て空を見上げている。


親父の方を向く。普段、感情を表に出さない親父だが、今は眉間にシワを寄せ、空を睨み、怒っているように見えた。


空を見上げたまま一息ついた後、テイトの方を向き、いつもの落ち着いた口調で話し出す。

「急用を思い出した。父さんは先に帰るよ。」

「テイトは用事が済んでから帰ってきなさい。」


何かがおかしい暗い空と、いつもと変わらない親父の姿に違和感を覚えた。胸がぞわぞわして、何となくイヤな感じがする。

「一緒に帰るよ」


「テイトには用事があるだろう。」


「ネルネさんは人気女優だからさぁ〜」

「交流会はまたいつか開かれると思うし、今日はやめとくよ」


ルイボルが食い下がる。突然思い出したかのような演技。

「いけない、今日貰った荷物の事をすっかり忘れていた。」

「父さんは急ぐから、テイトは街に残って荷物を見ていてくれないか。」

「用事が済んだら帰ってくるよ。」


テイトも食い下がる。

「荷物は誰かに預けておいてさぁ〜」

「後から取りに来ればいいじゃん?」


さらに続ける。ちょい冗談っぽく。

「それになんか天気悪いし、自分の部屋の窓閉めたか心配になってきちゃったよぅ」


見つめ合う両者。テイトが目を伏せる。

「…本当はさぁ〜直感なんだけど心配なんだよね、何となくなんだけど」

「何となくクエラが心配なんだよね」

「親父もそうだと思うんだけれど…僕も」

「…クエラが…家族が心配だよ…」


しばらくの沈黙後。

「…父さんはテイトを待たずに先に帰る。」

「街に来たときよりも急いで帰るから。」

「父さんとはぐれるかもしれないよ。」


「大丈夫、僕めっちゃ方向音痴だけど家までは一本道だし、流石に行けると思う」

「はぐれても後から追いかけるし」


ふたたび沈黙。少ししてルイボルが折れた。

「分かった、一緒に行こう。」


町の出口に急いで向かう。おろおろと不安そうな住人を横目に、急いで守衛に向かう。


息を切らし門前に着いた。ルイボルから事情を聞いた守衛さんは、快く荷物の預かりを引き受ける。荷物を預けて街を出た。


町中では家の明かりや街灯の光で進む道が見えていた。外に出ると真夜中にカーテンを閉め切ったように真っ暗。道が全く見えない。


守衛さんから借りておいた二つのランタン。指パッチンで火をつけ明かりを確保する。

「行こうか。」


前を行くルイボルに続き、テイトも走り出す。町と自宅とをむすぶ道には、危険な魔物等は出こない。しかし、ランタンはあっても数十メーター先には明かりが届かず暗い。そんな暗闇を走るのはやっぱり怖い。


先の宣言通り、テイトを残しどんどんと先に進むルイボル。ランタンの明かりがみるみる小さくなっていく。


息が切れて苦しい。


わき腹が痛い痛い。


それでも止まらずに走り続けた。


町で感じた直感が思い違いでありますように。何事もありませんように。


自宅まではまだまだ遠い。

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