第29話 伊那 23歳 パリと日本
伊那は少女に尋ねた。
「この図書館に何かヒントがあるの?何かをあなたが手助けしてくれるの?」
「もちろん、この図書館にヒントがあるわ。でも、私が教えてあげられるのは、この図書館の使い方だけ。あとは自分でがんばってね」
「どこまでも自助努力なのね。わかった、がんばるわ。あれ?でも、あなたは私なのに、助けてくれないの?」
「ここに私たちは二つの体で存在している。つまり、この図書館内では別人と判断される」
「ええっ、難しいのね。同じ魂の転生なのに?」
「つまり、私とあなたの統合が進んでいないということ。あなたはまだ、私の智慧までたどり着いていないでしょう。あなたが私の智慧までたどり着いたとき、私たちは一つの体でここに存在する」
「ううん・・・わかったような、わからないような・・・要はまだ覚醒が足りてないってことね」
「単純にいえばそういうことね」
「ともかく、今は自分でがんばるんだってことはわかったわ」
伊那は肩をすくめた。それからふと思いついて少女に聞いてみた。
「彼の寿命を変えられたりしないの?」
「それは他者の運命だから変えられない。そして星の定めだから変えるべきではない」
「そうよね。聞いてみただけよ」
伊那も何度かチャレンジはしてみたのだ。伊那自身が「宇宙図書館」の記録を書き換えられたように、ロウも書き換えられるのではないかと。だが、伊那自身のことは自分のことだが、ロウのことは他者だ。そこには厳格な境界があり、決して他者のことには手出しできない。だが、もちろん例外のケースは存在する。ロウの寿命を書き換えるには、伊那がロウが死ぬべき日に死んで身代わりになることならできる。だが、そんなことをしてもロウは喜んだりしないだろう。そもそも、その日程は、地球から星々への道が開く日、ロウが地球の転生を終えて星に還るために生まれる前から特別に選び抜かれた日なのだ。代わりの日など存在しない。
「じゃぁ、この図書館の使い方を教えてくれる?」
「そうね・・・どこからいこうかしら。宇宙図書館の本は、どこで読んでいるかわかっている?」
「ハートよ」
「そうね。人の体を使って読むにはハートで読むことになる。」
地上での霊視は第三の目を使うが、それは宇宙図書館では通用しない。宇宙図書館で第三の目を開けば、あっという間にエネルギーバランスを崩して地上に送り返される。第三の目が人の体の中では「上位チャクラ」になるからだ。エネルギーが上方に偏ってしまう。人の体で第三の目を開いてもバランスを崩さないのは、基本的には「人の体」の重さゆえということになる。だが、第三の目を酷使しすぎると、つねに半重力の負荷がかかることになる肉体にも負荷がかかり、少しずつ健康が損なわれていく。
宇宙図書館では、地上のエネルギーである下位チャクラと宇宙エネルギーである上位チャクラを統合させたハートチャクラでしかバランスを保つことができない。地上の智慧と宇宙の智慧を統合させたもの、ということだ。宇宙図書館は、地上の図書館と同じ形態で存在しているが、瞳と脳で読むのではなく、ハートで感じてハートで受け取る仕組みになっている。もしもハートが開いていない人が宇宙図書館にたどり着いたとしたら、図書館であることはわかるかもしれないが、どの本もすべて白紙にしか見えないだろう。
少女は話を続けた。
「ここ銀河図書館は、宇宙図書館よりさらに進化している。ここの情報を人間の体で受け取るには、もちろん脳では受け取れない、ハートでもできない、ハートよりさらに深い叡智を持つ子宮で受け取ることになる」
「ええっ、子宮なの?!」
「つまり、ここには基本的に女性しかたどり着けない」
「それって、すごい女尊男卑じゃない?!」
「おもしろい表現ね」
少女は笑った。
「そもそも地上で男性が主導権を握っているのは、宇宙の叡智を女性が握っているからこそのバランスのためよ」
「ここって男子禁制なの?!」
少女はまた笑った。
「なんだかあなたの表現、おかしいわね。でも、厳密にいえば男子禁制ではない。数は少ないけれど、ここにたどり着けた男性も存在する」
「どういう男性がここにたどり着けるの?」
「ユニコーンが愛する男性と同じよ」
ユニコーンが愛する男性とは、歌と詩の能力を持つ吟遊詩人のことだ。では、ロウはここにたどり着けるのではないか・・・そんな風に伊那は思った。木々や草花もロウも愛し、小鳥や動物たちもロウを愛している。ロウの輝く声が広げていく美しい波動のゆえに。
「どうして子宮がハートより上位なのか、よくわからないわ」
「宇宙の始原と終末の記憶は子宮にしまわれているからよ。宇宙の始原であり、生命の始原でもある。命の源であるからこそ、命を育める。無から有を生み出し、そして再び有を無に帰する場所。命のゆりかごより、もっともっと深い意味がある。宇宙図書館においてある本は、すべて命の記憶。ここ銀河図書館は、命の向こう側にある。命の向こう側を見るためには、子宮を通り抜けたその先にたどり着かなくてはならない」
「つまり、子宮で読むということではなくて、子宮のエネルギーで変換をかけるということね」
「ご名答。そのとおりよ」
伊那の生理周期は月の周期と一致している。そもそも生理周期が28日なのは女性の体が月に影響されるからだ。伊那はヤドヴィカとあまりにも仲良しになってしまったため、ヤドヴィカと生理周期が一緒になってしまうこともある。そうしたことは女性同士ではよく起こることだ。
だが、そうしたことをロウに話すと、「神秘だ、神秘だ」と言ってやたら感動している。変なの、と伊那は思う。伊那よりはるかに年上で、どんなことでもよく知っているのに、そういうことを話す女性はいなかったのか・・・。
伊那は、他者のエネルギーや目に見えないエネルギーに敏感であるように、自分の体のエネルギーにも敏感だ。子宮の向こう側、という概念は初めて聞いたが、少女の話すことはなんとなくわかるような気がする。
命の向こう側を感じないと、銀河図書館の本を閲覧することはできないのだ。そして人の体で命の向こう側を感じるためには、子宮を通り抜ける必要がある。
「情報はチップになっているって言ったわよね」
「そうよ」
「質問はどうやってするの?」
「質問そのものを子宮で変換するのよ。人間の体から発したエネルギーでは、銀河図書館は反応しない」
「ちょっと待って。その前にどういう質問をするか考えなくちゃ・・・。ロウを日本に連れて帰る方法?これって、ものすごく地上的な質問よ」
「パリから日本へのエネルギーラインを質問すればいいわ。こうすれば命と関係のない質問よ。地球という星のエネルギーの質問になるから。厳密にいえば地球の生命とは関わっている質問だけど、人間の質問とは判断されないでしょう」
「つまり、人間の質問には反応しないということ?」
「そりゃそうでしょう、人間の質問はすべて宇宙図書館で解決できることになっている」
「じゃぁ、私って人間じゃないの?」
「また変な質問ね」
少女は再び笑った。
「つまり、地球人と認識されず、宇宙人と認識されるということよ。もちろん地球人も宇宙人の一種なのだけど、地球だけの意識で生きている人を地球人、地球の意識より広がった意識で生きている人を宇宙人と判断するのね。地球で宇宙図書館と言われているアカシックレコードは、実際は地球図書館でしかないの。地球図書館には、宇宙のことも記録されてはいるけれど、地球からみた宇宙の話だけになっている」
「つまり、私たちは宇宙図書館と呼んでいるけれど、本当の宇宙から見たら地球図書館という名前だということなのね」
「そうそう、だから、地球図書館より銀河図書館のほうが上位なのは、当たり前でしょう?」
「なるほど、そういうことか!」
伊那は納得した。地球人から見れば、宇宙のすべてが記憶してある「宇宙図書館」だか、そのすべては地球目線でしかなかったのだ。
「地球から見た宇宙と、他の星から見た宇宙は違うということなのよね」
「違うわ、もちろんよ」
「そうだったような気もするけれど、さすがにそこまで記憶がはっきりしないわ」
伊那は首を傾げた。ロウと一緒だった地上での12000年前までは記憶がたどれるのだが、それ以前の他の星で生きていた記憶となるとはっきりしなかった。断片的に、透き通った体の記憶や、重力を感じない星の記憶がかすめるだけだ。
「はっきりは覚えていないけれど・・・ともかく、今は、パリと日本のエネルギーラインを質問すればいいかしら」
伊那は少女に問うた。
「そうね、でもちょっと待って。日本というより、秋津島と言ったほうがいいかもしれない」
「秋津島?なあに、それ」
「本州の古い呼び名よ」
「秋津って、トンボじゃなかった?」
「神が、日本の大地を見下ろしてトンボのようだと言ったのよ。だから、古くは秋津島と呼ばれていた」
「そうなの?初めて聞いたわ。秋津島か。きれいな名前だけど、どうして日本じゃダメなの?」
「パリが特定された場所だからね。日本よりもう少し狭い場所を特定したほうがいいかと思ったのよ。おそらくあなたの目的地が北海道や九州になることはないし」
「本州じゃダメなの?」
「本州、という呼び名がこの図書館に記録されているかどうか怪しいなと思ったのよ」
「そういうものなの?」
「神が使わない呼び名は記録されないのよ。本州って人間の都合上の呼び名でしかないからね。秋津島は間違いなく記録されているけれど」
「うーん、じゃぁ、パリと秋津島のエネルギーライン、という質問を送ってみるわ。ところで、どこに向かって送るの?」
「どこ、という場所の特定はないのよ。あなたから発せられた質問のエネルギーに対して、あなたに対して解答のエネルギーが向けられる、この場所では」
「そうか、つまり、私から質問の波動を広げるという意味ね」
「そうよ」
「OK,やってみるわ」
「私は波動を手伝うわ」
「ありがとう」
伊那は目を閉じてゆっくり深呼吸をした。少女に指示されたわけではないが、そうすることが自然だった。そもそも、宇宙や星々、精霊など、目に見えない精妙な世界にアクセスするときは「静けさ」が必須だ。人間の体で静けさを獲得するには、呼吸をできるだけゆっくりにするのが一番早い。目を閉じるのは外部の情報をできるだけ遮断して、内側の感覚に集中するためだ。
深呼吸を繰り返しながら、パリと秋津島、というエネルギーに集中する。地球をイメージし、パリと日本の本州をそれぞれ光で浮かび上がらせる。そのイメージを浮かべたままで、子宮の渦巻くエネルギーに意識を向けると、そのエネルギーは陰陽の形になっていく。鋭いエネルギーで回転しながら、陰が極まって陽へ、陽が極まって陰へと変換されていく。変換のエネルギー。その陰陽のエネルギーに、地球のパリと秋津島を光でつないだイメージを投げかけると、陰陽のカタチは一瞬、動きを止めてからそのイメージを捕まえてゆっくりと回転し始めた。だんだん回転スピードを上げていく。目にも見えないほどの高速回転になった後、その陰陽のカタチから、ふわり、とエネルギーが四方八方に広がっていった。
広がったエネルギーが空間を跳ね返って戻ってきて、カタチを示す。
やはりパリからのエネルギーは東京に集中している。
轟轟と燃え盛る炎のエネルギー、これは航空機だ。
流麗なリボンが踊るように舞っている、これはファッションだろうか。
矢が射られている、これは恋だろう、キューピットの矢なのか。
美しい金の糸もある、これは信頼だろうか。
その中に、伊那は樹木と樹木のラインも見つけ出した。あのイチョウだ!セーヌ河のほとりにたたずむ、樹齢千年のイチョウの樹・・・。あのイチョウも、パリと日本を繋いでいる。そうか、イチョウに聞くという方法もあった、そう伊那は気づいた。
伊那はゆっくり目を開けた。少女が伊那の顔を覗き込んでいる。
「なにかわかった?」
「イチョウの木がパリと日本を繋いでいた!イチョウに聞いてみるわ!」
「ああ、あのイチョウの木ね。そうね、木は人の知らないことをいろいろ知っているから・・・」
少女は伊那の顔をまっすぐに覗き込んだ。
「おそらく、これからは集中すれば直接、私と会話できるわ」
「そうなの?」
「あなたもだいぶん強くなったから」
「それは・・・ええと、ありがとうでいいのかな?変な感じ」
伊那は笑い、少女も笑った。少女の笑顔がきらめく光のように広がっていった。伊那は少女の笑顔のエナジーだけに包まれていった。
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