第4話 新たなる旅立ち

 両親は、最初はとても驚いた。

 父親はカンカンに怒ったし、母親は心配して半分、泣いている。

 それでも、ボクのやる気に最後は折れてくれた。


 会社は、気に入らなかった上司に退職願いを叩きつけて、辞めてきた。

 ボクはまるでスキップでもしたくなるくらい、気分がよかった。

 頭の中を


「ヘイ! ガッテンだ!」


 が、駆け巡る。

 配属されたのは、ボクの家に程近い、あの店だった。

 仲間になる店員さんたちの何人かは、ボクのことを覚えていて、とても良くしてくれた。

 店にお客さんが入るたびに、ボクは大きな声で


「ヘイ! ガッテンだ!」


 を、繰り返す。

 お客さんが渋い顔で僕を見るたびに、ボクに対して苛立ちの矛先を向けてくるたびに、満足感が心にあふれる。


 以前のボクのように、無駄な苛立ちを覚える人が減るのかと思うと、ボクはどんどん満たされていった。

 まだ若いおかげで、仕事を一から覚えるのも苦ではなかったし、正社員ということで店長の覚えもいい。


 初めてもらったお給料は、ボクがこれまでもらっていたお給料よりも多く、心配をかけてしまった両親にプレゼントを買って送った。

 居酒屋勤めで、賄いもある。

 寮生活で、普通の家賃と比べて三分の一以下の寮費で済む。


 近隣には、安い店やスーパーが多いおかげで日用品が安い。

 ボクは大してお金を使うこともなく、貯金がどんどん増えていった。

 少し気になったのが、明細書にある


(危険手当)


 この手当てが、今、五万円もついている。

 そう言えば、ボクがこの居酒屋に通わなくなった原因――。

 ああいうことが、時折あるんだとしたら、こんな手当てがあるのもおかしくはないな……。

 ボクは漠然とそう思っていた。


 ある夜。

 今日も店は繁盛していて、お客さんたちは一様に、憮然とした顔のままで店にやって来ては、帰っていった。


「水島くん、悪いんだけれど、山田くんと一緒にゴミ出しをしておいてくれないか」


 店長に頼まれて、ボクは山田くんと一緒に店の裏にゴミ出しに出た。

 山田くんは、身体が大きくて無骨だけれど、とてもいい人だということを、寮で知った。

 あの日、大男をボコボコにしたのも山田くんだった。


「あのとき、ボクは偶然トイレの窓から見ていたんだよ。キミ、本当に強いよねぇ」


 山田くんは、子供のころから空手を習っていたそうだ。

 だからあんな奴は怖くもなんともない、そう言って笑った。

 ボクも釣られて笑った。


 そのとき不意に、山田くんが前転をするようにしてボクのほうへ転がってきた。

 山田くんがいた場所には、あの日のあの大男が立っていた。

 その男は、ボクに向かって体当たりをしてきた。

 急に、身体の力が抜けて、ボクは倒れた。

 隣に転がっている山田くんが、苦しそうにうめき声を上げている。


「てめぇらが悪いんだ! てめぇらなんかにやられたからって、俺はアニキに酷い目にあわされたんだからな!」


 ボクが……。

 ボクがなにをしたっていうんだ?


 あっ……危険手当……。

 そうか、あれはこんな時のためのものだったのか……。

 だとしたら……安いよ……!


 大男を見上げると、そいつはニヤリと笑って言った。


「ざまぁみろ! なにがガッテンだ、だ! 人を馬鹿にするとどうなるか、よーく覚えておけ!」


 覚えておけ――?


「ヘイ……ガッテンだ……」


 ボクはそう答えた。



*****


 ニュースです。

 昨夜、東京都○○区、居酒屋チェーン店の△△で

 居酒屋店員の水島タカシさん二十四歳、山田キヨシさん二十六歳が

 何者かに刺殺されました。

 この居酒屋では、以前、店員とお客のもめごとがあり

 警察はそのもめごとの相手を、重要参考人として捜査を開始しました。


*****



――完――

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ヘイ! ガッテンだ! 釜瑪秋摩 @flyingaway24

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