第2話 とある夜の事件

 今夜もまた、仕事帰りにこの店にやってきた。

 今日はいつもと、なにか違う雰囲気を感じる。

 ほかのお客さんの様子が、どこかおかしい。

 店員さんたちの


「ヘイ! ガッテンだ!」


 だけは、相変わらず店内に響き渡っているが。


 ボクは今日も、ビールと何種類かのつまみを頼み、店員さんにイライラしながら、いつものようにひっそりと飲んでいた。

 一時間ほど経ったころ、店の奥でなにやら大声が聞こえ、数名の女の子の悲鳴が響いた。

 ボクの野次馬根性がうずきだして、少し腰を浮かせると、店の奥へと視線を向けた。


「てめぇらよう! さっきから、ガッテンだガッテンだってうるせーんだよ!」


 これまで見たことのない強面の大きな男の人が、酔っているのか騒いでいた。

 確かに、初めて来たときには


「ヘイ! ガッテンだ!」


 は耳障りではある、と思う。

 だけど……そんなに怒り狂うほどのことでもないよな?

 そう思うんだけれど。


 数分して、店員さんの一人が突き飛ばされて、お客さんのテーブル何席か倒してしまい、さらに悲鳴が響いた。


「人の話を聞いてんのかぁ? そのガッテンだってのが、うっとおしいって言ってんだよ!」

「ヘイ! ガッテンだ!」


 うわ……。

 まだ言ってる……。

 ボクの周りにいたお客さんの何人かは、顔だけは知っているので


「なんだか、大変な感じになっちゃっていますね」


 などと、声を掛け合って苦笑いした。

 いよいよ、店長さんが現れると、大男は店長さんに因縁をつけ始めた。

 店長さんは、あくまで冷静に、にこやかに応対したあと


「これ以上は、ほかのお客さまのご迷惑になりますので、大変申し訳ありませんが出ていっていただきます」


 そう言った。

 大男がそれを聞いて黙っているはずもなく、更に大声を張り上げたところに


「ハイ! ではみなさん、こいつをつまみだしてください!」


 と言って、手を叩いた。


「ヘイ! ガッテンだ!!!」


 いつも以上の元気な声で、店にいた店員全員が、口を揃えて答えると、中の二人が大男の両手を組み取り、外へと出ていってしまった。


「おいおい、つまみだしてください、って言っちゃったよ」

「驚いたね、でもまぁ、あの男が悪いよ」


 常連たちがそう言って苦笑している。

 ようやく静かになった店内では、店長さんが各テーブルを回り、お詫びを言いながらつまみを一品、サービスしていた。


 変な騒ぎが収まって、ホッとしたボクは、急にトイレに行きたくなった。

 席を立って、店の奥にあるトイレで用を足していると、トイレの小窓から外の様子が窺えた。

 さっきの大男が、店員さん二人を相手にまだ文句を言っている。


「だからよぉ、俺はおまえたちのその態度が、気に入らないって言ってんだよ!」

「ヘイ! ガッテンだ!」


 ビョーキだ……。

 店の外に出ても、まだそのセリフだよ……。


「てめぇら……ふざけてやがるのか!? なんならやってもいいんだぞ!? ああ? コラ!?」


 とうとう、大男の怒りが頂点に達したのか、そう怒鳴り


「おら! かかってこいや! ぶっ飛ばしてやる!」


 野太い凄みのきいた声で、そう怒鳴った。

 二人の店員さんは、互いに目を合わせてうなずくと、ひとこと、言い放った。


「ヘイ! ガッテンだ!」


 そうして二人で大男に飛びつくと、あっという間に大男をボコしてしまった……。

 倒れた大男を、大通りに捨てるように転げ出してから、店員さんたちは両手をパンパンと払い、清々しい顔つきで裏口から店に戻っていく。

 トイレの窓から一部始終を見ていたボクは、怖くなって早々に店を後にした。

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